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「その三人の持ち場は?」
「……ほ、保管室だ」

 思わず息を飲んだゼロとワカバに、ハルナは表情を変えずにちらりと視線を投げた。それがなにを意味していたのかは分からないが、あまりにも静かなその眼差しが恐ろしかった。
 ワカバの手が、縋るようにゼロの腕を掴む。
 レベルS感染者が発生したことよりも、残された三人の安全が絶望的なことよりも、尊敬する上官の放つ冷気に恐怖し、身体が震えた。

「ワカバ、ゼロ。現状は聞いての通りだ。感染者発生元の保管室はここ北棟の地下三階。俺たちがいるのは二階だ。各棟への渡り廊下は封鎖され、計十一体の感染者とここに隔離されている状態となっている。そこで目下の目標は――」
「ま、待ってくれ! そんな、まるであいつらまで感染したみたいな言い方!」
「そうだよ、あんた軍人なんだろ!? だったら助けに行ってくれよ!」
「できん」

 きっぱりと言い放ったハルナに、職員たちが一斉に殺気立った。

「見捨てるって言うのか!」
「一般人を守るのがあんたらの仕事だろ! びびってんじゃねぇよ!」
「ちょっと待って、落ち着いてください!」
「ガキは黙ってろ!」

 突き飛ばされたワカバを支え、怒りに任せて怒鳴り散らそうとゼロが息を吸ったそのとき、心臓が飛び上がるほどの音が空気を割った。
 カァン!、と音を立てて壁にぶつかったそれは、蹴り上げられ、可哀想なほどひしゃげた金属製のゴミ箱だった。ガラガラと鳴きながら床を転がり、止まったときには紙くず一つ残っていない。
 誰もが言葉を失い、呼吸すら止めていた。
 視線の集中した先にいたハルナが、ゆっくりと顔を上げる。その胸が大きく上下したのを見て、ゼロとワカバは二人同時に耳を塞いだ。

「騒ぐだけなら猿でもできる! 貴様らは猿以下か!? いいか、至近距離にいながら、ド素人がレベルS感染者の手から逃げられる確率は極めて低い。現状、ほぼ感染していると言って間違いないだろう。だとすれば俺の仕事は、これ以上新たな感染者を出すことなく、お前たちを守ることになる」
「で、でも、もしっ」
「奇跡を願う暇があるなら、仲間の感染レベルが上がらないことを祈れ。レベルCまでならなんとか持ち直せる」

 背筋をピンと伸ばした毅然とした態度で、ハルナは言った。

「命に貴賎はない。全員を助けられるのなら、聖人君子だろうが罪人だろうが、構うことなく救助する。――だがな、命には優先順位が存在する」

 「助けられるのなら」とハルナはそう言った。言葉の意味を正しく理解できたのは、きっとワカバの方が先だっただろう。ゼロがハッとしたときには、もうすでに彼女は唇を噛み締めていた。

「確実に助けられる命を守り抜く。今、奇跡に賭けている余裕はない」
「そんな……」

 職員たちは失意の眼差しを向けたが、ハルナはびくともしなかった。たとえ蔑まれようと、彼はまっすぐに見つめ返してみせただろう。
 力強い眼差しを持つその人は、紛れもなく空学生憧れの的だ。

「だが、ここにいる者はすべて守ってみせる。必ず助ける。そのための情報が欲しい。――協力してくれるか?」


* * *



「ワカバ、大丈夫?」
「うん、平気。ゼロの方こそ大丈夫? ……なんだか大変なことになっちゃったね」

 ハルナが職員たちに研究所内の様子を聞く間、ゼロは隣で難しい顔をしているワカバにそっと問いかけた。視線は主任の男が持つタブレット端末に据えたまま、ワカバが軽く微笑んで頷く。
 話を聞く限り、状況はどうにも芳しくない様子だった。
 感染者が保管室を出たことにより、セキュリティシステムが作動。外に通じる出入り口はすべてロックされ、各セクションの通路も封鎖された。感染者を外部に出さないようにするためだが、中に閉じ込められた人間がいる場合を想定して、非常時の脱出ルートが確保されているはずだったのだが、システムの誤作動からか、どのルートもロックが解除できない有り様になっている。
 窓には分厚いシャッターが下り、たとえ全速力のトラックが突っ込んできたところでびくともしないだろう構造だ。当然外部から開けることもできないので、ヴェルデ基地から派遣されてきた部隊が到着したところで、救出には時間がかかる。
 主任が持つ端末からの遠隔操作ができない以上、脱出するためには中央管理室のメインブレインをいじるしかなかった。

「管理室は地下五階か……。ロック解除の操作自体は簡単か?」
「コード5の指令を切れば、あとは遠隔操作も可能になると思う。研究所内のセキュリティは全部そこで管理してる」
「普通、そういうとこって人がいるんじゃないの? その人たちに連絡できない?」
「無理だ。……彼らはついさっきまで、保管室の異常を点検していた」

 運の悪いことに、ここにいない三人の職員が中央管理室の担当だったというわけだ。



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