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 さすがまだ本格稼働していない研究所というだけあって、建物内は閑散としていた。
 所々にビニールの覆いが残り、真新しい塗料の匂いが鼻につく。僅かな汚れもない床といい、あちこちに詰まれた段ボールといい、引っ越して間もない新居のような印象を受ける。
 確かにどこもかしこも綺麗だが、「超最新のものすごい研究所」という感想を抱くほどでもない。
 休日ということも相俟って、ごく少数の限られた職員だけが出勤している状態だということもその理由の一つだろう。擦れ違う職員は誰もが皆若く、二十歳そこそこの者がほとんどのようにも見える。
 施設のあちこちに目を向けるワカバとは裏腹に、ゼロは目を輝かせながらハルナのあとを追っていた。
 憧れの人が傍にいて話ができるのだから、浮かれるなと言う方が無茶だ。案内役の職員はそんなゼロを横目で見てくすくすと笑っていたが、ハルナがいる手前むくれるわけにもいかない。
 次から次へと投げかける質問に一つ一つ丁寧に応えてくれるハルナだったが、採血の間も喋り続けるゼロにはさすがに呆れたらしい。「あとでゆっくり聞いてやるから、少し静かにしていろ」と窘められてしまった。



「あー……くらくらする……。あんなに血ぃ採られるなんて聞いてない……」
「もう、ゼロってば。抗体検査もするってちゃんと言っておいたでしょ? ほら、お水飲んで」
「ううー……。だっていつもはシート舐めるだけじゃんか……」
「あれは簡易検査! 正確な検査は採血で行うって座学でも習ったでしょ? ……仕方ないなぁ。少し横になって。膝貸してあげるから」
「いい、だいじょー、」
「大丈夫じゃないから言ってるの! ほら、大人しくする!」

 ぐいっと頭を引き寄せられ、ゼロの身体は容易くソファに横倒しになった。頬に柔らかな太腿の感触が当たり、慌てて身を捩ろうとしたところを強い力で抑え込まれる。恨みがましく見上げた先で、ワカバが有無を言わせぬ笑顔を浮かべていた。
 一応視察と銘打ってはいるものの、休日ということもあってゼロもワカバも私服が許可されている。ハルナだけは軍服に袖を通していたが、外出時の略装だ。戦闘服でもないので、随分とすっきりして見えた。
 今日のワカバは膝丈のスカートを穿いているせいで、制服に比べるとずっと薄い生地からじんわりと体温が移ってくる。それがひどく恥ずかしかったが、目の回っている状態ではろくに抵抗もできない。ゼロは情けなさに気づかないふりをして、大人しく仰向けに寝転がった。足をソファの肘掛けに乗せれば、ほんの僅かに身体が軽くなったような気がする。
 ここは待合室なのか、大きなソファがいくつか設置され、壁には絵画が飾られていた。

「……ハルナ二尉は?」
「ここの主任さんと話してる。十分くらいで戻るって言ってたから、あと五分は寝てていいよ」

 ひんやりとした手のひらを額に押し当てられ、一瞬冷たさに身が竦んだが、すぐにそれが心地よくなってきた。ぬるくなったと思ったタイミングでまた冷えた手が添えられるので、その気持ちよさに素直に目を閉じてしまう。
 どうやら彼女は、水の入ったペットボトルを握ることで自分の手を冷やしているらしい。ゼロには到底思いつかない心配りは女性ゆえのものか、それともワカバだからこそなのか。
 そんな介抱のおかげもあって、目の回る気持ち悪さはすぐに引いてきた。ハルナにはこんなみっともない姿を見せられないので早く起き上がりたいのだが、もう少しこのまま寝ていたいという欲求が身体の動きを鈍くする。

「ワカバも同じ量抜いたはずなのに、なんでそんなピンピンしてんの?」
「ゼロの体力がなさすぎるんだよ。同じ訓練してるはずなのに、どうしてそんなにスタミナないの?」

 飛行技術では文句なしのゼロだが、スタミナ不足は深刻な問題だった。最大の課題と言ってもいい。
 ぐうの音も出なくて押し黙ったゼロの頭を、ワカバは優しく撫でてくる。
 軍人としてこの体力のなさは致命的だ。教官から何度もそう言われ、ゼロ自身自覚もしている。地上での格闘戦だって、胸を張って得意だとは言い難い。射撃の腕はまあまあだが、平均から少し上といったところだ。
 体術となれば、この体格が足を引っ張る。小回りが利く分懐に潜りやすいが、一度押さえ込まれれば抜け出すのは難しい。なによりすぐにバテてしまうので、時間が長引くほど不利になる。


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