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※本編未読でもお読みいただけますが、短編「Wing of the Beginning.」及び「フローリストと恋泥棒」読了後の閲覧を推奨いたします。




 誰も追いつくことのできない、世界最速の翼。
 ならば墜とせ。
 届かぬのなら、撃ち墜とせ。
 地獄の底で囁かれたその声を、空の悪魔はどんな顔をして聞いていたのだろうか。


close encounter


 テールベルト空軍学校の食堂は、昼時ということもあって随分と賑わいを見せていた。休み時間で気を抜いた学生たちの笑い声があちこちに響き、時折口論まで聞こえてくる。
 そんないつも通りの光景の中、ゼロとワカバは隅の方で向かい合って昼食を取っていた。ここ最近はお互いにゆっくり食事する暇もなかったので、こんな風に一緒に昼を過ごすのも久しぶりだ。
 ホットサンドの最後の一口を咀嚼したタイミングで、ワカバは話を切り出した。

「ねえゼロ、ちょっと話があるんだけど」

 柔らかな声は見た目にぴったりの愛らしいものであったが、語る内容はいささか色気に欠けるものだった。それどころか、可愛げの欠片も見当たらない。
 ある意味ワカバらしいと言えばらしいのだが、普段の彼女らしくない内容だ。ゼロは思わず首を傾げ、まじまじと彼女の大きな瞳を見つめた。ワカバの指先から、小さなパン屑が綺麗に拭い取られていく。

「抗体検査とサイズ合わせ?」
「そう。対感染者実習の前に、検査しておかないといけないんだって。ワカバたちの実習ももうすぐでしょ? ついでにパイロットスーツとか、ヘルメットの具合を見るみたい。ほら、ワカバもゼロも、標準よりちょっと外れてるみたいだし」

 小さいという言葉を使わなかったのは、ワカバなりの気遣いからだろうか。
 自分がテールベルトの男性平均身長に遠く及ばないという自覚はあるので、ゼロは思わず渋面を作りかけて、それを誤魔化すように水を飲んだ。ここで不機嫌になるのはお門違いだ。二つ年上の意地を見せ、平静を保つ。
 ワカバはそんなゼロを苦笑交じりに見ながら纏めていた髪をほどき、以前よりもずっと光の強さを増した瞳を三日月のようにしならせて笑った。

「ゼロ、面倒くさいって思ってるでしょ?」
「だってさぁ。ただでさえ訓練続きで自由な時間なんてないし。休みの日まで潰されんのはちょっと……。検査だけなら基地内でもできんじゃん。それをなんで、わざわざ隣町まで行かなきゃなんないわけ?」
「今度新設する研究所の試運転、っていうか、その視察も兼ねてるみたいだよ」
「え、なに。つまり、俺ら実験台ってこと? うげぇ」

 ワカバの話によれば、その研究所はヴェルデ基地から車で一時間ほど離れた場所にあるらしい。
 最新型の研究施設で、セキュリティの高さで言えばテールベルトでも一、二位を争うレベルになるそうだ。緊急時には外部からの侵略を徹底的に阻止し、建物は区画ごとに閉鎖できるのだという。軍とも関係の深い施設である以上、テロ対策はやりすぎるということはない。
 ワカバから聞く研究所の説明には、ありとあらゆるものに「最新」の枕詞がついていた。どうやらかなりすごい施設であるようだが、ゼロにはさほど興味がなかった。
 ゼロもワカバも、現在は特別訓練を受ける身だ。
 まだ入学してから二年目の空学生ではあるが、四年生に一足飛びで飛び級したために、通常のカリキュラムとは別の訓練が必要とされていた。来年にはテールベルト空軍の一兵士として正式に名を連ねるが、そのために目下過酷な訓練を積んでいる。最近でこそやっと身体が慣れてきたものの、休日はしっかりと休んで体力を回復したい。
 それはワカバも同じだろうに、彼女は少し意地悪く笑って両手で頬杖をついた。その愛らしい仕草に、食堂内にいた男子生徒たちの視線が集中する。

「あー。そんなこと言ってていいのかな〜? 視察の担当、ハルナ二尉なんだけど」
「えっ?」
「こういうのってハルナ二尉のお仕事じゃないのに、ワカバたちが行くなら〜ってことで、わざわざ付き添うって上に申し出てくれたんだよ? でも面倒くさいなら仕方ないよね。ゼロは別の日にするって伝えておこーっと」
「ちょっ、待って待って待って! 行くから! 俺も行く!」

 身を乗り出して矢継ぎ早に言えば、ワカバはにっこりと凶悪なまでに愛らしく笑って、ゼロの頬を軽くつねってきた。ゼロよりもか細い、けれどしっかりと肉刺のできた指だ。甘い香りがするのはハンドクリームのせいだろうか。
 ここ最近、ワカバはぐんと可愛くなったと思う。
 特別訓練を受け始めた当初は見ている方がつらくなるほどボロボロになっていた彼女だったが、ある日を境に憑きものが落ちたかのように輝き始めた。カガ隊での訓練は彼女にとってプラスに働いているらしい。少し雰囲気の変わったワカバは、前にも増して人気者になっていた。

「それじゃ、じゃんけんしよ? ハルナ二尉を乗せたドライブ。どっちが運転する?」

 ワカバがゆるく作った拳を振るよりも先に、ゼロは「俺がする!」と叫んでいた。



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