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 酒と煙草、様々な料理の臭いが混ざり合って、不快な悪臭になる。
 華やかな高級店から丁重に追い出された今、店員の声も聞き取れないようなうるさい居酒屋しか受け入れてくれる場所はなかった。店の外では千鳥足の男達が奇声を上げ、「感染者かよ!」などといった不謹慎な冗談を交わしている。
 油や零したソースで汚れたテーブルにジョッキを叩きつけたニノカタは、ぐらぐらと不安定に頭を揺らしながら同僚を睨みつけた。

「お前ももっと飲めよ! なぁに一人だけ涼しい顔してんだよ!」
「お前が勝手に飲んでいるだけだろう。付き合ってやっているだけありがたいと思え」
「へーへーありがとうございますぅーー感謝しますぅーーー」
「まったく……。これで何度目だ? フラれてヤケ酒するのは」
「るっせーよ! 酒ぐらい自由に飲ませろバーッカ!」

 汚れたおしぼりを投げてやったというのに、ヴァハトはあっさり避けてしまった。ちっとも面白くない。ジョッキのふちを齧れば、すぐさま行儀が悪いと視線で窘められる。
 もう何杯飲んだか分からない。とにかく全身が熱く、怠かった。

「ニノカタ。お前、この三年の間に、半年もった相手いたか? どうせフラれるのが分かっているのなら、最初から無駄な猫など被らなければいいだろうに」
「るっせーな、この見た目だと穏やか知的キャラの方がモテんだよクソが」

 猫を被り続けること自体は苦ではないが、なんとなく思い立って素を出した途端に「そんな人だとは思わなかった」と言われて破局の一途を辿る。中には詐欺だなんだと騒ぎ立てる女もいたくらいで、立て続けにそんなことがあるとさすがに呑まずにはいられなかった。
 昔は一年以上関係が続くこともあったというのに、今では三ヶ月もてばいい方だ。そのスパンの短さに、三十路に突入したのだからそろそろ落ち着けと周りに言われるようにもなってきた。
 ぐちぐちと毒を垂れ流していたら、薄情な友人兼同僚は震えだした携帯端末に夢中になってしまった。どうせ最初からまともに聞いてなどいなかったのだろうが、こうもあからさまに意識をシャットアウトされると腹が立つ。
 ヴァハトのグラスに醤油を注いでやっていたら、空いた手で思い切り頭を叩かれて顔から唐揚げの器に突っ込んだ。

「先に帰る。金は払っておいてやるから、ほどほどにして帰れよ」
「はあ!?」
「オウカが一日早く出張から戻ってきた。迎えに行ってくる」
「おっま、俺を置いていくのかよ!?」
「誰かに拾ってもらえ。じゃあな」

 そう言うと、ヴァハトは財布から数枚の札を抜き取ってニノカタの胸ポケットに捻じ込んできた。それがなにかを連想させてきつく睨めば、分かっていてやったのか意地の悪い笑みで返される。
 そんな仕草ですら似合うのだから、嫌になる。
 ヴァハトが置いていった金は釣りだけでもう一軒飲みに行けそうなほどだった。ざっと脳内で計算し、その結果、遠慮なく酒を追加する。
 しばらく一人で飲んでいたニノカタの周りに、いつの間にか花が咲いていた。きゃらきゃらと高い声で笑うそれが花ではなく人間の女だと気づいたときには、すでに会計を済ませて店の外に出ていた。どうやら別の店で飲み直すという話になったらしい。
 ぽってりとした唇が魅力的な茶髪の女に、胸の大きな金髪の女。どちらも化粧が濃いが、まあ悪くはない。骨が溶けたようなふにゃふにゃとした身体でなんとか二足歩行をしていると、左右の腕を女性達が抱き締めるようにして支えてくれた。
 かわいいだのなんだのと言われているような気がするが、よく分からない。楽しそうな笑い声を左右に聞いていたら、突如目の覚めるような大声が飲み屋街に響いた。

「やぁだー、ケンカ?」
「怖いから早く行こ、ニノカタくん」

 いつの間に名乗ったのか、それすら思い出せない。「うん」と返事をして、どこに行こうとしているのかも分からずに肘に当たる柔らかい感触を楽しんでいた。
 あまりにぼーっとしていたのか、足裏が転がった空き缶を踏んだことにも気がついていなかった。ぐっとそのまま踏み込んだせいで、身体のバランスが一気に崩れて前のめりに倒れそうになる。あっさりと両側の腕が解け、ニノカタの身体はばたばたと宙を泳ぐように進んで、どんっという衝撃と共に止まった。
 まだ転んではいないから、どうやらなにかにぶつかったらしい。背後の二人が「ニノカタくん、」と心配そうな声を上げるのが聞こえたが、その程度で醒める酔いならどれほどよかったか。


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