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「あー、もう! バッカじゃないの? こーんなかわいい子振るとか、ほんっとありえない!」
「……お前なぁ」

 笑え。
 どうせ残るのなら、とびきりかわいい自分の記憶がいい。

「これ、あげる! 素敵な彼女ができたお祝い!」

 持ってきていた紙袋を押しつければ、ニノカタは目を丸くさせて驚いた。中には小さな花束が、防護ケースに入れられている。
 ニノカタのいない時間を見計らい、ヴァハトに頼んで作ってもらったのだ。色とりどりのガーベラに、一輪のスズランを添えた。ワカバの懐には生花の花束は少々痛かったけれど、あとに残らないものの方がいいと思った。
 一級生花店で働くフローリストに生花をあげるだなんて、少しおかしいだろうか。
 そんな考えも浮かんだが、これが一番だと思ったのだから仕方ない。
 透明な防護ケースの中に綺麗に収められた花束を見て、ニノカタが口元を手で覆い、やがてその手は目元を覆った。「マジかよ」と呟いた彼の言葉は、一体なにを示しているのか。

「……俺からもこれやるよ。飛び級の祝いだ」
「え? ……え、やだ、うそ」

 手渡されたのは、小さな紙袋だった。開けてみると、ワカバが頼んだものと同じように、複数のガーベラで作られた花束がそのまま入れられている。花は小ぶりで、剥き出しだ。

「……ヴァハトの奴、絶対分かっててこれ作りやがったな、クソ」
「え、これ、ヴァハトさんが……?」
「ああそうだよ。なんか持ってけってうるせぇから、適当に頼んだらコレだ」

 取り出してみると、どこか甘い香りが漂ってきた。
 本物にしか見えないみずみずしさだが、触ってみると生花の柔らかさはない。半永久的に枯れないように加工された花束は、ガーベラの周りにたくさんのスズランが添えられていた。
 ――枯れる花を送ったら、枯れない花が返ってきた。
 笑った拍子に雫が落ちる。

「……あのな。もうこんな機会ないだろうから、土産に一つ言っとくけど」
「なぁに?」
「“それ”、嘘じゃなかったからな」
「それ?」

 ニノカタの手が、ワカバの鞄を指さした。
 そこには、ピンクのガーベラのバッグチャームが揺れている。

「似合うと思った。それは嘘じゃなかった。――お前、もう花言葉くらい知ってんだろ?」

 ガーベラの花言葉は、「希望」「常に前進」。
 中でもピンクのガーベラは、「熱愛」や「崇高美」の意味を持つ。
 ――知っている。ニノカタと出会って、この花を貰って、すぐに調べた。「希望」の込められた花だと知り、この花と一緒なら「常に前進」できると思った。
 なんてかわいくて、なんて素敵な花なんだろうと、そう思った。
 ページが擦り切れるほど読んだ花の本。出会わせてくれたのは、ニノカタだった。

「……今でもちゃんと、似合ってるかな」
「ああ。メスゴリラには、ちょっとかわいすぎるかもしんねぇけど」

 「ゴリラって言うな」揺れた声は花束に吸い込まれる。
 ――ああもう、泣かないって決めてたのに。
 全部ニノカタが悪い。彼のせいだ。こんなものを贈るから。こんなことを、言うから。
 拭っても拭っても溢れてくる涙のせいで、上手く笑顔が作れない。ろくな思い出なんてないはずなのに、そのどれもが楽しかった。これでまた前を向いて走って行けるのだと、そう思えた。

「知らないからね。いつか絶対、後悔させてやるんだから。ニノカタさんが今まで会ったこともないようないい女になって、土下座して付き合ってくれって頼みたくなるくらい、魅力的になるんだから!」
「……お前なら、メスゴリラになる方が早いんじゃねぇの?」
「はぁああああ!? ぐんじ、――ワカバ舐めんな!」

 最後の台詞はとびきりの笑顔で。
 恋泥棒に、花束を。

 ――こうして、ワカバの恋は終わりを告げたのだった。




《continue...? →》


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