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「ふん。私情に振り回されないのは当然のことだろう。褒めることでもない」
「あー、またそんなこと言って〜。こないだワカバちゃんが寄りかかって居眠りしてたとき、石みたいに固まったまま定刻過ぎても起こさずにいたくせに〜」
「なっ、なぜそれを!」
「みんな知ってますよ。ねー、オキカゼ一曹?」
「うん。アマギ三尉は優しいって、みんなで話してましたよ」
「よ、余計なことを言うなっ!!」

 羞恥で思わず叫んだが、カシマは愛らしく小首を傾げただけでちっとも怯えやしなかった。オキカゼに至っては、穏やかな笑みを浮かべたまま優雅にコーヒーを楽しんでいる。
 ハリネズミのように全身棘だらけにしていきり立つアマギの声を聞きつけたのか、休憩室に顔を覗かせたハルナは訝しむようにこちらを見ていた。その後ろにカガもいて、自然と三人の背筋が伸びる。

「なにを騒いでいたんだ?」
「あ、いえ……」
「アマギ三尉がワカバちゃんいじめたんじゃないかなって話をしてたんですけど、」
「カシマぁ!」
「わっ、もう、最後まで聞いてくださいよ。――そういう話をしてたんですけど、どうやら違ったみたいで。最近元気ないみたいだし、どうしたのかなぁって」

 そう言うと、ハルナは空学寮の方に視線を向けて「ああ、」と小さく頷いた。
 彼はなにか知っているのだろうか。カシマが訊ねるよりも先に、ハルナの隣でカガがどっと笑う。

「なんだなんだ、お前ら嬢ちゃんのこと大っ好きだなぁ!」
「そりゃそうですよ! むさ苦しい特殊飛行部に咲く一輪の花ですよ!? 可愛い女の子大歓迎!」
「それに、とても努力家ですしね。艦長やハルナ二尉のしごきにも、弱音一つ吐かずについてくるとは思いませんでした。最初は厳しすぎるかな、と思っていましたが」
「馬鹿言うなよー。あれで厳しいっつってたら、正規ルートで入ってくる奴が可哀想だろ? まだまだ足りねぇくらいだってのに。オッチャン超優しいぞー!」

 両手を腰に当ててそっくり返ったカガに、ハルナが露骨に呆れた眼差しを向けた。艦長相手にここまでできる人間もそうはいないだろう。
 たとえ泥まみれになっても、瞳だけは曇らせることなく前を見据える少女の姿を思い出す。
 最初こそ絶対に無理だと誰もが思っていたが、今となっては彼女と共に過ごす日を想像することはとても簡単になっていた。

「艦長は、それほどワカバ一士をカガ隊に引き入れたいんですか?」

 思わず訪ねていたその一言に、カガは一瞬きょとんとしてアマギを見た。艦長の判断に口を出すなど出過ぎた真似だったかと言葉を撤回しようとした矢先、カガのにんまりとした笑みに声が封じられる。

「当たり前だろ? 俺は、欲しいと思った奴はどんなことをしてでも手に入れる。必ずだ。――お前らは、そうやって手に入れた」

 音もなく忍び寄る獣のように、カガは鋭い眼差しでその場にいる全員を射抜いた。心臓が掴まれる。触れられるといった優しいものではない。素手で、思い切り握り込まれたような感覚だった。悔しいほど、確かな歓喜が込み上げてくる。
 言葉を失うカガ隊の面々に、彼はぱっと空気を切り替える笑声を上げて悪戯っぽく言った。

「だっから、あんながきんちょにやきもち妬くんじゃねぇぞー?」

 力が抜ける。
 なにも考えていないような豪快な笑顔がいつものカガで、なんの話をしていたのかすら忘れそうになった。
 そのまま流れでミーティングに移り変わろうとした空気の中で、ハルナがぽつりと呟く。

「――ワカバなら大丈夫だ」

 穏やかな、けれど自信に満ちたその声に、それぞれ異なる反応を示した。けれどそのとき、誰もがあの少女を思っていたのは間違いない。
 小さな蕾は、やがてこのカガ隊で大輪の花となって咲き誇るのだろう。
 容易に想像がつく未来を胸に秘め、カガ隊の男達は日常へと戻っていった。



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