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「これ、サービス。君に似合うと思って選んだんだ。……みんなには内緒だよ?」

 細いリボンで飾られた小箱の中には、愛らしいピンクのガーベラが収められていた。
 みずみずしい花びらが、箱の中いっぱいに広がっている。偽物なんかじゃない、本物の花だ。茎が短く切られているせいで、コサージュのようになっている。
 両手で小箱を抱えたまま言葉を失くしたワカバの頭を軽く撫で、ニノカタは柔らかく笑った。

「それじゃあ、またね」

 花の香りが濃くなる。近づけば優しい緑の匂いがした。
 脇を抜けて接客に戻ったその後ろ姿を見つめながら、ワカバは胸の奥がきゅっと切なく引き絞られる音を聞いた。

 あのとき、ワカバの恋は確かに盗まれたのだ。
 ――ならば、取り返そう。
 いつまでも奪われたままではいけない。
 きちんと取り戻して、痛みと共に受け入れて、そうして恋泥棒と決着をつけよう。


act.12:恋泥棒に花束を


 はむっという擬音がつきそうな仕草でシュークリームを一口頬張ったカシマが、なにか物言いたげな眼差しでアマギを見た。
 ふわふわとした柔らかそうな茶髪といい、丸くて大きな瞳といい、カシマの年相応に見えない外見はレッサーパンダのように愛らしいと女子隊員の間で囁かれている。その小柄さも相俟って、彼はワカバと並んでも同級生で通用しそうなほどだった。
 そんなカシマが、数分前からじーっとアマギを観察しているのだ。射るような視線ではないにせよ、さすがに落ち着かなくなって、アマギは技術書を捲る手を止めた。

「……なんだ」
「今日のワカバちゃん、元気なかったですよね」
「そうか?」
「ああ、確かに。ちょっと前から少し様子が違うね」

 割り入ってきたオキカゼに、カシマは少し身体をずらして椅子を引きやすくした。さほど大きくはない丸テーブルに男三人集まれば、それだけで随分と窮屈に感じる。
 コーヒー片手に微笑むオキカゼに、カシマが「ですよね!」と声を大きくした。二人は同意見のようだが、アマギにはまったくピンとこない話だ。

「彼女の元気がないからといって、なんで僕を見るんだ」
「アマギ三尉がまたキツイこと言ったのかなぁって」
「待て、なんで僕のせいになる!」
「だって、アマギ三尉ってばすぐに『向いてない』だとか『諦めろ』だとか、そういうネガティブなことばっかり言うじゃないですか〜」
「ハルナ二尉だって言うだろうが!」
「とはいえ、ハルナ二尉のは愛がありますもん」

 溢れそうになったクリームを上向きで啜ったカシマに、悪意の影は見られない。この男はこういうところが性質が悪いと思う。
 小さく舌打ちしたアマギを宥めるように、オキカゼが「まあまあ」と笑った。

「落ち込んでても訓練に影響を出さないっていうのはさすがだね。あの年頃の女の子で、そうできることじゃないよ」
「まあ確かに。旋回速度とタイミングのずれも誤差の範囲内でしたもんね。この頃どんどん上達してきてるし、このままだとほんとに空軍史上初の経歴打ち立てられそうな予感」
「……短期間とはいえ、特殊飛行部にも女子隊員はいただろう」
「それでも今はいないじゃないですかー。それに、最年少での特飛(とくひ:特殊飛行部)入りってことになりますよ。もしかしたら男でもほぼいないんじゃないですかね、十八歳で特飛って」
「ん? あ、そういえばそうだね。ヤマト総司令ですら、確か十九歳で特飛配属だったらしいから」

 テールベルト空軍を率いるヤマトは異色の経歴を持つが、その彼ですら、空軍学校を卒業後は一般部隊に入隊し、一年間経験を積んで特殊飛行部に配属されている。
 今カガ隊が特別訓練で面倒を見ている空学生の少女は、カガたっての希望――上層部に対するとんでもないごり押しともいう――の結果、入隊と同時に特殊飛行部入りすることがほぼ確定していた。無論、ワカバ自身が試験を突破しなければ話にならないが、今の彼女を見ているとその可能性は十分にある。


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