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 綺麗に巻いた毛先が首筋をくすぐる。今日は軽く化粧だってしているし、今着ているのは花柄のワンピースだ。すっかり“おでかけモード”のワカバに、ハルナも早々に切り上げようと「それじゃあ、」と踵を返そうとした。

「あっ……、ま、待ってください! あのっ、もしお時間ございましたら、個人指導していただけませんか!?」
「え?」
「シザーズ(空中戦において、双方が連続横転すること)になったとき、上手く抜け出せなくて……。――あ、もちろん、ご迷惑でしたら、その……」
「いや、迷惑ではない。俺は別にかまわんが、お前はいいのか? でかけるところだったんだろう?」
「誰かと約束してたわけじゃないんで、大丈夫です。ですから、もしよろしければお願いします……!」

 深々と頭を下げると、頭上からハルナの小さな笑声が降ってきた。
 訓練中には聞いたことのないような、とても優しい声だ。

「分かった。好きなだけ付き合ってやろう。せっかくめかし込んでいるところ悪いが、着替えてからSルーム(シミュレーションルーム)に来い。そこで待っている」
「ありがとうございます! すぐに着替えてきますね!」
「あっ、――おい、ワカバ!」

 走り出したワカバの背に慌てた声が投げられて振り向くと、苦い表情のハルナがワカバの足元を指さしていた。

「それで走るな! 見えるぞ!」

 咄嗟にスカートの裾を押さえて早足で寮に戻るなり、友人らに「でかけるんじゃなかったの?」「どうしたの?」と散々質問攻めに遭った。それでもなんとか着替えを済ませ、せっかく巻いた髪もしっかり束ねてヴェルデ基地のシミュレーションルームを目指す。
 ハルナが指定したそこは、特殊飛行部の隊員専用の部屋だ。休日ということもあり、ラフな装いのハルナを見て他の隊員が声をかけている。彼らとなにか話していたハルナが、ワカバに気がつくなり手招きして一台のシミュレーターを指し示した。単座式ではなく、複座式のものだ。
 それだけでどういう意図か分かった。即座に後ろに乗り込んだワカバに、彼は満足そうに口元を緩める。

「実際に乗せてやれたら一番なんだがな。今はこれで我慢しろ。まずは雰囲気を掴め。――しっかり見てろよ」

 ヘルメットのバイザーを上げた状態で振り向き、ハルナは薄く笑った。純粋にかっこいいと感じさせる笑顔だった。ワカバの代わりにゼロが座っていたとしたら、今頃彼は顔を真っ赤にして頷いているのだろうか。
 シミュレーターが起動すると、世界は一瞬で室内から外へと切り替わる。シミュレーターとはいえ、ハルナの機体に乗っているのだと考えただけで血が滾った。こんなこと、ゼロでなくとも他の子達に話せば相当羨ましがられるに違いない。
 そこから先は、言葉にはできなかった。実際の機体ではないはずなのに、滑走路から離陸する感覚すら違った。まるで空に導かれるようにして、機体が上昇する。恐ろしいほど正確な飛び方だった。それでいて、決してお手本通りには収まらない。
 綺麗で、鋭くて、まるで魔法のようだった。 
 現れた敵機に対し、ハルナはあえて何度も攻守のポジションを入れ替えてみせた。敵機を振り切るためのブレイク(急旋回)。それが左右に不規則に繰り返されると、シザーズとなる。
 背を取ろうと躍起になってしまい、ワカバはいつもここで競り負ける。これが実戦だったらと青褪めることもしょっちゅうだった。
 だが、ハルナの操る機体の中では、そのような恐怖は一切感じられなかった。肌に感じるものが違う。
 ――ああ、そっか。こうすればいいのか。
 ハルナはなにも説明しなかった。どれほど言葉を重ねたところで、実戦では毎回相手の機動も変わるのだから当然かもしれなかったが、説明されないからこそ伝わるものが多かった。
 夕方までみっちりと指導を受けると、ワカバの操る機体も徐々に精度を増していった。少なくとも、本来の同級生達の中ではゼロに次いでトップを取れる成績のはずだ。

「上達したな。よく頑張った」
「ありがとうございますっ! ハルナ二尉のご指導のおかげです。貴重なお時間をわたしに割いてくださり、本当にありがとうございました」
「いや、これくらいなんてことない。俺もお前が成長すると嬉しいからな。――そうだ、このあとまだ時間はあるか? せっかくの休みだ、外になにか食いに行くのもいいだろう」

 それはつまり、一緒にということなのだろうか。
 きょとんとして見上げたワカバの視線を受けて、途端にハルナが気まずそうな顔をした。


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