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「……ゼロって、すっごくタラシだよね」
「は?」

 おそらく、飛行技術ではゼロには一生敵わないだろう。
 彼はまさに飛ぶために生まれてきたような存在だ。目に見えない翼をその背に生やし、飛行樹を乗り物ではなく自らの身体のように操ることができる。知識ではなく感覚ですべてを捉え、空を制覇することのできる男だ。
 ならば、自分は他のところで彼を超えよう。
 ゼロは感覚で空を捉える。彼が言葉にはできないなにかを、ワカバはきちんと言葉にできるようにしよう。二つ年上の同級生に引けを取らない、そんな軍人になろう。
 いつか彼と並んでも、寄りかかるのではなく、お互いが支え合えるように。
 ワカバは勢いよく立ち上がり、テーブルを挟んでゼロに思い切り抱き着いた。

「もうっ! ワカバもゼロのこと大好き!」

 食堂に響き渡ったその声に、真っ先に悲鳴を上げたのはシュミットだった。


* * *



 特別訓練を受け始めて半年が経った頃、ようやっと身体が慣れてきたのか、貴重な休日を“休日らしく”過ごすことができるようになってきた。
 今日は課題も出ていないし、早朝のランニングも済ませてある。ここ最近では目立つ痣も出来なくなってきていたし、一本とはいかないまでも、カシマやオキカゼから「上達した」との言葉を引き出すことには成功した。相変わらずハルナの評価は厳しいが、褒められることも多くなってきている。
 とはいえ、事あるごとにお嬢ちゃん扱いしてくるカガには腹が立つ。煽ることによってワカバに燃料を注いでいるのだろうことは分かるが、理解できても納得できるかと言われれば話は別だ。
 溜まりに溜まった半年分のストレスをどうにかして発散しようと、ワカバは久しぶりの外出を決意した。
 幸い、今日はすっきりとしたいい天気だ。髪を切りに行くのもいいし、ぶらぶらと服を買いに行くのもいい。公園をゆっくり散歩するのも気持ちがよさそうだし、甘いものを食べに行くのも魅力的だ。
 手早く着替えを済ませてお出かけ用の鞄を手に取ったところで、ちゃり、と揺れるバッグチャームに目が留まった。枯れることないピンクのガーベラがこちらを見ている。

「……そういえば、ニノカタさんどうしてるんだろ」

 見た目だけは穏やかな好青年のフローリストの姿が浮かぶなり、胸が小さく音を立てる。
 訓練に忙殺される日々の中、深夜三時のコールなどしている暇もなかった。それどころかメッセージの一つすら送ることができず、この半年間、彼のことはすっかり頭から抜け落ちていた。
 口も性格も悪い、陰険眼鏡のフローリスト。なのにあの手はとてもいい匂いがして、優しい。彼の母親が作ってくれたケーキは絶品で、とても美味しかった。直接お礼を言いたいと思っていたのに、結局言いに行けていない。
 思い出してしまうと、今までが嘘のようにそのことしか考えられなくなって動揺した。
 ――うそ、なんで。
 好きじゃない。好きなんかじゃない。ニノカタに対してはそんな気持ちじゃなくて、ただ復讐して、こっぴどく振ってやりたいだけだ。ただそれだけだ。

「連絡なくて寂しがってたりして。急に会いに行ったら、それだけでワカバのこと意識しちゃったりして」

 ――別に会いたいとか、そんなこと思ってないんだから。
 誰とはなしにそう言い訳し、ワカバは気合いを入れて部屋を出た。



 空軍学校の正門を出て隣接するヴェルデ基地の門の前に差し掛かったとき、前方から歩いてくるその人の姿に気がついた。しゃんと伸ばされた背筋が、実際の身長よりも彼をより長身に見せている。日に焼けた黒髪が光を受けると茶色く輝き、力強い瞳がしっかりと前を見据えていた。
 しばらくすると向こうもワカバに気がついたのか、軽く目が丸くなった。

「おはようございます、ハルナ二尉」
「ああ、おはよう。外出か?」
「はい。ハルナ二尉もおでかけですか?」
「いや、軽く走ってきて、今戻ったところだ。休みは休みだが、今日は基地内で身体を動かそうかと」

 つまり、今日は特に用事がないらしい。
 手が空いていると聞き、自分でも驚くほど心が揺らいだ。
 久しぶりの休日だ。ゆっくりと羽を伸ばした方がいいに決まっているのに、ハルナからの直接の指導を望む自分が確かにいる。カガ隊の隊員達に特別訓練を受けているとはいえ、多忙なハルナに指導をしてもらえる機会はごく稀だった。そんな存在が、今目の前にいるのだ。これが揺らがずにいられようか。


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