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「俺は空を飛びたい。たくさんのバケモノをぶっ殺して、この世界を緑で溢れさせたい。だから俺は、一般部隊でこの空を飛び回りたいんだ」
「そっか。ゼロは本当に空が好きなんだね」
「うん。すっげぇ好き。――逆に聞くけど、ワカバはなんでそこまでして特殊飛行部に入ろうとしてるわけ? 今、相当しんどいみたいだけど」

 訓練が終わり、課題を片付けて自習を終えれば、あとはなにをするでもなく泥のように眠る日々が続いている。食事や風呂の時間でさえあれこれと忙しなく頭を働かせ、眠っている間ですら訓練の夢を見る。
 自由な時間など、ほんの僅かにもなかった。
 今の状況を指摘されて初めて、ワカバはふと自分の手に目をやった。あれほどハンドクリームを塗ることを欠かさなかった指先は、いつの間にかかさついて逆剥けが目立つようになっている。トリートメントを短縮した髪は毛先が傷み、パサついて広がっていた。鏡を見れば、くっきりと浮かんだ隈が酷い有り様になっていることだろう。
 常にかわいく、女の子らしくを心がけてきたワカバにとって、こんな現状は想像もしたことがなかったし、ありえてはいけないことでもあった。
 遠巻きに向けられる視線の意味にようやく合点がいって苦笑する。

「……今のワカバ、そんなに酷い?」
「酷いって言うか痛々しい。腕も足も痣だらけだし。……みんな心配してたよ」

 腕や脚どころか、飛行樹のシートベルトによって胸や腹にも内出血の痕が広がっているし、毎日投げられているせいで背中も無残なことになっている。顔だけは傷がつかないように気を遣ってもらっているものの、手入れなどする暇などないから荒れ放題だ。これは夜更かしとストレスが原因だろう。
 周りに様子を聞いてくるように言われたのか、ゼロはどこか落ち着かない様子でワカバを見つめている。どうやら相当心配されているらしい。

「あともうちょっとだから」
「え?」
「ちょっとずつだけど、できることが増えてるの。もうちょっとしたら、身体が慣れる。そしたら前みたいにオシャレする時間取れるし、ゆっくり眠れるよ。ちゃんと倒れないようにはしてるから平気。心配してくれてありがとう、ゼロ。みんなにも伝えておいてくれる?」
「それはいいけど……。ワカバ、そんなに特殊飛行部に入りたい?」
「んー、そういうわけじゃないんだよね」

 片手で食べられるようにと選んだサンドウィッチを一口頬張ると、パンが水分を失ってパサついていることに気がついた。どうやらいつの間にか、随分と時間が経っていたらしい。
 不思議そうな顔をするゼロが「じゃあなんで」と切り出す前に、ワカバはにっこりと笑って言った。

「入りたいんじゃないの。ワカバはね、カガ隊(あそこ)に“入る”の。それも、ただ入るだけじゃない。この隊にはワカバが必要だって、欠かせないって、そう言われるくらいになるのが最終目標。――絶対に、目にもの見せてやる」

 ぎらつく瞳で言い放てば、ゼロは少女のように大きな瞳をより一層大きく瞠って驚いたような顔をした。やがて彼は小さく噴き出して、わしゃわしゃとワカバの頭を撫で回してきた。
 突然のことに驚くワカバの髪をぼさぼさにしながら、ゼロが楽しそうに笑う。

「やっぱあんた、今の方がずっといい。前よりずっとかわいいよ」
「へっ? え、ゼ、ゼロ……?」
「うん、いい。すっげーかわいい。ほんっとかわいい」
「ちょっ、ちょっと! ねえってば!」

 かわいいかわいいと繰り返すゼロの手が一向に頭から離れない。耳まで真っ赤になって抵抗していたら、より一層強く頭を掻き回された。
 今のワカバは髪もぼさぼさで、肌荒れは酷いし隈は酷いし、全身痣だらけで到底かわいいとは言えない有り様だ。それなのに、ゼロは今のワカバの方がずっとかわいいと言う。そんなことがあるはずもないのに。

「俺、今のワカバすっげー好き」

 一切の照れなどない晴れやかな笑顔に、ワカバの心臓が大きく跳ね上がる。
 ゼロの「好き」に色恋の要素が含まれていないことは瞬時に分かった。今の「好き」は犬猫に向けるような、あるいは彼が空に対して抱く感想のようなそれだ。――純粋な、友達に対して向ける「好き」だ。
 だからこそ、恥ずかしかった。嬉しすぎて、どうにかなってしまいそうだった。かわいくない自分を曝け出しても受け入れ、かつ好きだと言ってくれる人がいる。そんな友達がいることに、胸の奥が歓喜に震えた。


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