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「早く起きろ、ワカバ一士。僕だって無駄な時間は過ごしたくない」
「……申し、わけ、ありません」
「君のような女子が、本当に特殊飛行部に入ることができるのか? この程度でバテているようなら無理だろう。今のうちに諦めて、辞退したらどうだ」
「ご指摘はごもっともですが、諦めるつもりはありません!」

 どれほど情けなく、どれほど泣きたくなっても、あの日の怒りが燃料になる。
 お前には無理だと言われるたび、絶対に見返してやると強く思う。
 必ず超えてやる。追いつくだけじゃ足りない。彼らを超えて、安心して背を預けられるまでになってやる。“お嬢ちゃん”なんて二度と呼ばせやしない。
 もう逃げ道は自分で絶ったのだ。カガに対して「今に見てろ」と高らかに言い放ったあの日から、ワカバは茨の道を歩む決心がついている。
 たとえボロ雑巾のように扱われようと、女子として今まで気にかけていたケアができなくなろうと、そんなものはどうでもよかった。技術が身につき身体が慣れれば、そのうち時間は取れる。好きなことはそのときにすればいい。今はとにかく、ありとあらゆることを吸収しなければならないのだ。
 足りないものが多すぎる。組み合いながら、投げられながら、ワカバはそのたびにアマギの動きを脳内に叩き込んでいった。それは誰と組んでも同じことだ。それぞれの特徴を掴み、苦手とする動きを観察する。――いつの日か、彼らの背中を畳に叩きつけるために。
 結局この日、ワカバは一本どころか呼吸一つ乱させることもできずに終わった。あちこちにできた打撲の痕が痛みを訴え、その痛みが活力に変わる。
 ボロボロになった小さな身体を引きずって寮に戻るその背中を、カガが面白そうに眺めていたことなど知らずに。


* * *



「……ワカバ?」

 時間が惜しく、食堂にノートを持ち込んで航跡図を描いていたときのことだった。トレイに夕食を乗せたゼロが、ワカバの前に恐る恐る座る。食欲をそそるスパイシーな匂いは、どうやらカレーらしい。
 視線はノートに落としたまま「どうしたの?」と問えば、彼は少し口籠りながら言った。

「あー、いや、……なんかいつもと違ったからびっくりしたっていうか、うん。……すっごい隈だけど、ちゃんと寝てんの?」
「身体が機能する程度には寝てるよ」
「……“機能”」
「ハルナ二尉からの課題に加えて、カガ艦長からもレポート提出するように言われちゃって、ここ二、三日が特別忙しいだけ。だから大丈夫だよ、ありがとう。ゼロは? そっちの訓練、どう?」
「俺の方はまあ、うん。飛行訓練自体は余裕だから別に。体力作りとか座学の方がしんどい」

 同じように飛び級したゼロだが、特別訓練の内容はワカバとはまったくの別物だった。四年生の通常カリキュラムで一緒になるものの、それ以外では顔を合わせることもない。
 それもそのはずで、彼は特殊飛行部ではなく、一般部隊への入隊を希望していたからだ。
 ワカバはきりのいいところで手を止め、水を一息に煽って大きく伸びをした。それだけで固まっていた関節が音を立ててほぐれていく。首の後ろで軽く束ねただけの髪をほどき、手櫛で整える。こんな風に身だしなみに気を遣う暇があるのは、こういうときだけだ。

「ずっと疑問だったんだけど、なんでゼロは特殊飛行部を目指さないの? あれだけハルナ二尉に憧れてるんだから、てっきり特殊飛行部入りを考えてるんだと思ってたのに」
「それみんなに言われる。そりゃ、ハルナ二尉とは一緒に飛びたいけどさ」
「上からは誘われてたんでしょ? それを断ったって聞いたけど」
「うん。最初っから一般部隊に入りたいって考えてたし。特殊飛行部に入ったら、空渡任務があるじゃん。そしたらその間は、いつもの飛行樹で飛べることって少ないし」

 特殊飛行部の隊員は国内での任務はもちろん、他プレートでの任務も言い渡される。その際、他プレートでは戦闘機型の飛行樹ではなく簡易飛行樹を用いて任務にあたることの方が多い。
 空渡艦で大型の飛行樹を運搬することが困難だという点が理由の一つに挙げられるが、最大の理由が「目立ってはならない」という点にあった。ほとんどすべての他プレートにおいて、“世界を渡る”技術は存在しない。いきなり正体不明の飛行樹で飛び回れば、侵略と間違われるか、下手をすればその場で戦闘が開始してしまう。
 そのため、他プレートでは簡易飛行樹もしくは、ステルス機能を搭載した小型の飛行樹での任務が基本となる。


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