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「もしかしてなにかお悩み事でも? 少しお元気が、」
「お前には関係ない」
「すみません。でも、俺にでも分かるほどなので、みなさん心配されているのではないでしょうか。……差し出がましいことは重々承知なのですが……」

 きっぱりと切って捨てても、これ以上は踏み込むなと引いた境界線のちょうど真上でしょんぼりと項垂れてこちらの袖を引いてくるのがこの男らしい。
 なにが「俺にでも分かるほど」だ。同じ部隊で友人としてプライベートの付き合いもするようになったヒュウガはともかく、仕事の関係で付き合う同僚達の中でイセの異変に気づく者など誰もいない。若干の違和を感じ取ったとしても、それはいつもの不機嫌に色を足した程度にしか思われていないのだ。
 機嫌が悪いと取るのではなく、「悩み事があるのでは」と判断できる者が彼以外にもいてたまるかと、イセは胸中で吐き捨てた。

「カガはほんっとイセ一尉のこと大好きだよなぁ」
「はい! 空学でもイセ一尉は有名でした。だって伝説のパイロットですから! 誰もが憧れて当然ですよ! ……だからこそ、心配なんです。ミズサキ隊はもうすぐ長期任務も控えておられますし、今のご様子だと……」

 今日の合同訓練で、イセは誰にも不覚を取っていない。地上戦においても、空中戦においても、なんらミスすることなくいつも通りこなしてみせた。成果に文句のつけようなどなかったはずだ。データの上では完璧に近い結果を出したというのに、カガはそれを知りながら「今のご様子だと」などと言ってのける。
 お前は俺のなにを知っている。感情に任せた悪態を吐きそうになって、その直前で苦い塊を飲み込んだのは、多少事情を知るヒュウガの存在が傍にあったからだ。
 しょんぼりと落ち込んだ様子でイセを見る青年の頭を、気がつけばわしわしと乱暴に掻き回していた。その行動はカガだけでなくヒュウガにも意外なものだったらしい。二人が目を丸くさせるのを見て、イセは苦くて重苦しい塊が消えていくのを感じた。

「……そうだな。お前に悟られるようなら、俺もまだまだだ。早いうちに解決することにしよう」
「あ……、はいっ! ぜひ! そうしたらまた、イセ一尉のいつもの飛び方を見せてくださいね! 猛禽類みたいな、あの飛び方!」

 輝く笑顔に、やれやれと肩を竦めたのはイセではなくヒュウガの方だった。



 カガの言った通り、ミズサキ隊は長期任務を控えている。
 一応期間は半年を予定されているが、状況次第では一年近くにもなるだろう。特殊飛行部には珍しくもなんともない、長期の空渡任務だった。だが、ズイホウと知り合ってからここまで長くこのプレートを離れるのは初となる。
 父のミズサキから聞いているだろうに、彼女の方から今度の任務についてなにかを聞かれたことはなかった。コールしても他愛のない会話ばかりで、最後には決まって明日のイセを気遣う言葉がかけられる。
 一緒に食事をしても、二人で庭を眺めても、彼女はなにも言わない。
 口下手を自覚しているイセだ。人相だっていいとは言えないし、怒っていないのに不機嫌だと解釈されることもしょっちゅうなのに、彼女はなぜかいつも楽しそうに微笑んでいる。なにを話すわけでもなく、話題に乏しいイセはただ隣にいるだけしかできない。それにもかかわらず、彼女は時折こちらを盗み見るように見上げて、小さな口元にかすかな幸せを浮かべるのだ。
 最近では、ミズサキが二人の関係についてなにか口を挟んでくることもなくなった。物言いたげにこちらを見てくることはあるが、以前のようにどうなったとせっつかれることもない。

「二十一、か……」

 出会った頃は十九歳のお嬢さんだったズイホウは、二年たった今ではもう立派な女性だ。ミズサキの出張中、控えめながらも頑なにお願いされて二人でこっそり酒を飲みに行ったこともある。
 でしゃばったところのない、落ち着いた女性。言葉少ななイセを不満に思うこともなく、なにもしなくてもにこにこと笑って傍にいる。その姿を未来図に描いてしまったのは、この二年の間でどのタイミングだったのだろう。
 怪我などしていないのに、イセは頬にずくりとした鈍痛を覚えて手を当てた。あの日、ミズサキに理不尽な理屈で殴られた頬がずくずくと痛み出す。今度は頬だけでは済まないだろう。下手をすれば骨の二、三本は持っていかれるかもしれない。
 ――それだけで済むのなら、十分どころか釣りがくる。
 懸念するところは己の痛みではなく、もっと別の場所にあった。自分の幸せを思い描く頭は、けれども決して彼女の理想の幸せを導き出してはくれない。それでは困るのだ。自分ではなくて、彼女の答えが欲しいのに。


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