11 [ 175/193 ]

 あまりにも苦々しく吐き出すものだから、ズイホウは勢いよく噴き出して笑ってしまった。心外と言わんばかりのミズサキに、余計に笑いが込み上げてくる。
 母は父のこういう不器用さに心惹かれたのだろうか。一体どこを好きになったのか、一度ゆっくり聞いてみたかった。写真でしか顔を知らない母の姿に、胸の内で「いつか聞かせてね」とそっと語りかける。
 今は母と娘の恋談義よりも、笑われて不機嫌そうになっていく父を宥めるのが先決だった。

「それじゃあなんで、お父さんはイセさんを連れてきたの?」

 結婚なんてまだ早いというその口で、見合いだなんだと言ったのはどこの誰だったか。
 軍人なんてと言いながら、これぞと見込んだ軍人の男を連れてきたのはどこの誰だったか。

「……あの男と、結婚するのか」
「それは私一人では決められないから、分からないけれど。……でも、あの人が望んでくれるのなら、喜んで。私は、あの人じゃなきゃ嫌だもの」

 しばらくズイホウを睨むように見ていたミズサキだったが、そのうち無言で魚をつつき始めたのをきっかけに、ズイホウも食事を開始した。料理は少し冷めてしまったけれど、それでも美味しさが広がっていく。
 一人で食べるときよりも格段に美味しく感じるそれは、きっとミズサキも同じだろう。


* * *



 幸せの瞬間を考える。
 自分の思い描く幸せの図式は、いとも容易く脳裏に描けた。独創的ではないし、他人と比べればそれはいくらか平凡で、無地のキャンバスに描いたそれらはちっぽけなものばかりだったかもしれない。
 静かな場所で、空をのんびりと見上げながらコーヒーを飲む。
 読書に興じるのもいい。
 美術館を巡るのも、絵を描くのも、料理をするのも。
 そのどれもが、自分が思い浮かべる“自分の幸せ”だ。

 ならば、彼女はどうか。
 他人の幸せがなにか、これっぽっちも分からない。
 彼女の今ある幸せがなにか分からないのに、その上どうすればこれから幸せにできるかなど分かるはずもなかったし、自分がそれを与えてやれる自信など微塵もなかった。

 ただ、困ったことが一つある。
 今まで描いていた“自分の幸せ”の図式の中。
 キャンバスを細やかに飾るその未来図に、いつの間にか、彼女の姿を描き加えていてしまっていたのだ。


* * *



 ここ最近、溜息を吐く回数が増えている。
 真っ先にそれを指摘したのがヒュウガで、イセ自身もそのことを自覚していた。思い悩んでいるつもりはないし、仕事には影響していないつもりでいるが、同僚達の精神にはあまりよく作用していないようだ。
 特殊飛行部全隊での合同訓練後、無造作に頭から水を被ったイセはその水気をタオルで乱暴に拭っていた。隣のヒュウガが苦笑する気配がしたが、なにも言ってこないのでこちらも突っかかることはできない。
 そうしていると、最近ではすっかり聞き慣れた声が弾むような足取りと共に接近してきた。きゅっと小気味いい音を響かせてイセの直前で停止した両足が、タオルの隙間から覗いて見えた。

「お疲れ様です、イセ一尉!」

 犬なら千切れんばかりに尻尾を振っていただろう青年の姿に、飲み込んだはずの溜息がまたしても漏れる。
 入隊して二年目で特殊飛行部のジサク隊に入隊したカガは、学生の頃と変わらぬ輝いた眼差しでイセを見る。爽やかを絵に描いたような青年は一般部隊の女性隊員達から絶大な人気を誇っており、この二年で玉砕した隊員の数は両手では足りないともっぱらの噂だ。
 快活にしてどこか優雅な立ち振る舞いが自然と目を惹きつける。いつも笑顔を絶やさないくせに、ひとたび飛行樹に乗り込めばぞっとするほど凍てついた眼差しで敵機を睥睨するのだから、カガという人物の底知れなさが透けて見えた。

「あの、イセ一尉、今日はお疲れだったんでしょうか? いつもと様子が違って見えたので……」

 ――ほら、見ろ。
 入隊二年目の新米に、こうもあっさり見透かされる。
 思わず視線が鋭くなったが、目の前の男は怯むことなく、むしろより一層気遣わしげな眼差しを向けてきた。


[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -