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 ――大っ嫌い。
 そう言って、青い鳥は鳴くのをやめてしまった。




 雑誌「グリーブ」の発売から、二ヶ月が経った。「グリーブ」の売れ行きは好調で、発売以降ヴェルデ基地広報部への問い合わせが続々と寄せられているのだという。
 見栄えするからという理由だけでソウヤとハルナが受けたあの取材は、どうやら軍のイメージアップに大いに貢献したらしい。元々人気だったハルナは言うまでもないが、ソウヤも出先で声をかけられることが多くなり、他の隊員もキラキラとした目で見られることが増えたと聞く。
 完璧に貼りつけた笑みを引っさげて応接室から出てきたソウヤは、浮足立つ女性記者の背中を見送りながら小さく息を吐いた。

 ――これで何度目だ。
 今月に入ってから、少なくとも四つの出版社から取材を受けている。人気だけならばハルナの方が上のはずだが、マスコミ的には、世間一般に受けのいい切り返しをするソウヤが気に入ったらしい。売れる時期に稼いでおこうという腹なのだろうが、こちらのスケジュールが簡単に動かせるものと思い込んでいる人種相手に仕事をするのはなかなかのストレスだ。
 それでも、野蛮だのなんだのというマイナスイメージのつきやすい軍のイメージアップのためならば、愛想笑いの一つや二つはこなさねばなるまい。普段は袖を通すこともない儀礼服の襟を緩め、ソウヤは食堂を目指した。



「ソウヤ一尉、見ましたよ! すごい人気ですね。いったい何冊出るんですか。さっきの出版社なんか、ポスターまで作るとか言ってたし」
「俺が男前だから仕方ねぇだろ。妬くな妬くな」
「なっ、妬いてません!」

 それに顔だけなら俺の方がいいですし!
 唇を尖らせたナガトの頭をぐしゃぐしゃと掻き回し、丁寧に整えられていた髪を鳥の巣状態にまで乱してやった。ああっと情けない声を上げて髪を整えるナガトの顔は、それでいてなお、確かに上物だ。男らしい顔立ちではないが、貴公子然とした綺麗な顔立ちは女性からの視線を集めるものだろう。
 それでも上がナガトを取材の場に出さないのは、彼がまだテールベルト空軍を代表できるだけの人間ではないからだ。顔だけならば広報紙には全面に押し出していくが、インタビューとなると慎重になる。ナガトを溺愛している基地司令が、「ナガトくんにはまだまだインタビューは任せられません」と笑顔できっぱり言い放ったのだから、あの人はなんだかんだと言っても公私の別がついているのだと認識する。
 先日発売されたばかりの雑誌を食堂のテーブルに広げて、ナガトは「あーあ」と大きく溜息をついた。

「――『青い瞳のイケメンヒーロー、白の脅威から我々を守る』だ、そうですよ」
「ヒーローねぇ……」
「って、ソウヤ一尉こんなこと言ったんですか? 大切な人ができたらどうしますかって質問に、『どんなときでも駆けつけて、必ずこの手で守ります』って! キザ!」

 膝を叩いて笑うナガトの頭に拳骨を一つ落とし、煙草を灰皿に押し付けた。

「言ってねぇ。向こうさんが勝手に書いたやつだ。そもそもそんな質問されてねぇし」
「え……、そんなのアリなんですか?」
「さてなぁ。出ちまったからにはもうあーだこーだ言っても仕方ねぇだろ。――それよりナガト、俺の顔にシワ刻みやがったな。腕立ての体勢をとれー」
「えええ!? そんなっ、ちょっと折れたくらいで、」
「逆らうのか?」
「分かりました分かりましたから!!」

 その場で腕立て伏せを始めたナガトを放置して、テーブルの上の雑誌に目を落とす。
 受け答えした内容がころっと変えられるのは、別に珍しいことではない。他の雑誌でもよくあることだ。幸い、軍務に関する質問はあまりなく、ソウヤ自身に着目したインタビューばかりだったため、どう改ざんされようがさほど支障はない。
 テールベルトの青い瞳の軍人は、綺麗事ばかり並べた挙句、歯の浮くような台詞を簡単に吐ける男だと、そんな風に認識される程度のことだ。
 紙面の中で、自分の顔が嘘のように爽やかに笑っている。取材中、目線をくださいと言われて、重ねてカメラを鋭く睨んでくれと頼まれたときのことを思い出した。目元だけのアップも紙面に踊っている。
 どこもかしこも「青」ばかり。そんなにこの色が珍しいか。ビリジアンやカクタスに行けば、こんな色はごろごろ溢れているのに。ページを捲れば、さらに自分がこちらを見ている。青の瞳と目が合った。
 『この青は、母との思い出』そう大文字でつけられた煽り文の下に、心温まる美しい思い出話が語られている。幼少期に両親を亡くしたソウヤ隊員は、母親譲りの青い瞳に誇りを持っているらしい。

 思わず笑いかけ、視線を感じてナガトを見た。だが彼は真面目に腕立てに取り組んでいて、こちらを見上げる気配はない。誘われるように顔を上げた先に、何人かの男がこちらをじっと睨んでいるのを見つけた。
 顔に覚えはあるような、ないような。名前までは出てこない。ソウヤと目が合うなり踵を返して食堂を出ていった彼らの背中に、侮蔑と劣等感が滲み出ているのを見てたまらず噴き出す。
 妬み嫉みは今に始まったことじゃない。特殊飛行部に配属され、若くして優秀なパイロットとして評価されてきた以上、それはもう避けられないことだった。それに自分の性格上、あまり人に好かれないことも自覚している。
 どろりとした視線が纏わりつくたびに、嘲りの奥に隠された劣等感を引きずり出して眼前に突きつけ、さあ飲み込んでみろと笑ってやりたくなる。直接毒を吐いてきた勇者には敬意を評して全力で叩き潰してきてやったが、このように遠巻きで熱く見つめられるだけではどうしようもない。
 額に汗を滲ませたナガトが、足元でぽつりと零した。

「あいつら、一般部隊の奴ですね」
「なんだ、気づいてたのか」
「ああいう視線、っ、俺も、よく感じますから」
「へぇ。モテる男は大変だなぁ」

 荒く息を吐くナガトは口元に笑みを浮かべ、腕立てを繰り返す。

「でも、厄介ですよ、ああいうの。嫉妬の醜さは、男も女も、変わりま、せんっ」
「なるほどなぁ。そいつは勉強になった。ご褒美にあと百回追加してやるから、喜べ」
「――鬼っ!!」

 最高の褒め言葉に笑みを浮かべ、震える脇腹を爪先でつつく。ゆっくりとカウントしてやれば、それに合わせて上体が上下するのだから面白い。
 徐々に集まってきた野次馬が、必死で腕立てを繰り返すナガトを指さして笑う。囃し立てる声に品などない。乱雑で、粗暴で、雑誌の中の綺麗な笑顔はどこにも見られない。
 笑いながらソウヤは雑誌を閉じ、こちらを見つめる青い瞳から目を反らした。



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