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「ほら、見ろ! かわいいだろ、あたしの従妹のチイってんだ。あんたとそう歳も変わんないし、なによりいい子だぞ。料理もうまいし、それにな、今は薬白師(やくはくし)の資格勉強をして――」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 従妹? チイ? あの、誰っすかそれ」
「だから従妹のチイ……」
「そうじゃなくて! その従妹のチイさんと俺、どこに関係があるっていうんですか」

 もしかして期待した俺が馬鹿だったのか。ざわつく胸を抱え、否定してくれと懸命に祈るも、カサギの目の前でヒヨウはきょとんと首を傾げた。なにを言ってるんだこいつと言いたげなその表情に腹が立つ。今すぐにその頬をつねってやりたいくらいだ。
 鈍感極まりない上官様は、端末のモニターとカサギを交互に見る。

「……好みじゃなかったか? でもな、本当にいい子なんだぞ。軍人にも理解があるし、あまり階級の高くないぺーぺーでもこだわらない」
「階級の高くないぺーぺーですみませんね」
「あっ、いや、そうじゃなくてだな! 確かにぺーぺーだが、そういう意味じゃないんだ、うん。でも、そうか。……てっきり喜んでくれるかと思ったんだが、余計なお世話だったようだな」

 しゅんと肩を落とされてはまるでこちらが悪いことをしたみたいだが、ここは引くわけにはいかない。
 どうやらこの上官様は、カサギに自分の従妹を紹介しようとしていたらしい。これほど痛烈な打撃もなかなかない。よりにもよって惚れている本人から他者を紹介されるだなんて、見込みがないと宣言されているも同然だ。
 こちらがどれだけのダメージを負っているかも知らず、ヒヨウはしょんぼりと萎れている。ああ、まったくもってたちが悪い。

「……そのデートって、チイさんにもう話つけてるんですか」
「ああ。様子見て、あんたなら受かるって確信してたから、そのときに。……チイも若い男だってはしゃいでたけど、断んなきゃな」

 だからなぜ他意なくそういった言い方ができるのか、一言言ってやりたい。

「ぜひとも断って下さい。俺、別に女に飢えてるわけじゃないですから」

 女に飢えているんじゃない。あんたに飢えてるんだ。
 そう言えるだけの度胸はない。階級が伴えばそれは自信になるのだろうか。ヒヨウの階級章がやけに目についた。
 見るからに肩を落とした彼女は、メールを作成しているようだった。断りの連絡をさっそく入れているらしい。一つ一つの動作が鈍く、たまに漏れ聞こえる溜息や「そうか、余計なお世話か」といった呟きが、耳にも胸にも痛い。
 だからといって折れるわけにはいかない。ここは毅然とした態度で臨まなければ、確実に対象外になってしまう。――もうすでに対象外だという己の囁きは聞こえないふりをした。

「……なあ、カサギ。どうしても、駄目か?」
「はい? いや、だから、俺は別に女に飢えてるわけじゃ――」
「だったらなおさら! あたしも従妹を安心して預けられるし、なにも付き合えって言ってるわけじゃない。一晩一緒に食事をして、門限までに帰ってくりゃいいだけなんだ! なっ、頼む!」
「はい!? 頼むってどういうことっすか、大体そのデートだってご褒美なんでしょ!?」
「あんたのご褒美にもなると思ったんだよ! だからチイが若い隊員紹介してくれって言ってきたとき、ああぴったりだって思って……! また別のなんか用意するから、助けると思ってデートしてやってくれよぉ」

 半泣きで縋ってくる女性があの鬼教官と同一人物だとは到底思えない。うっと半歩下がったカサギの後ろ首にしっかと腕を回し、女性とは思えぬ力で引き寄せてくる。
 やめてくれ、顔が近い。

「なあ、頼む、カサギぃ……」

 絶対に折れるものか。
 男たるもの、惚れた女の頼みでもこればかりは聞けない。
 絶対に、絶対にだ。


* * *



「――で、結局その従妹ちゃんとデートすることになったのか」
「だあああああああ言うなよぉおおおおお、もう傷を抉るなよぉおおおおお」
「抉るもなにもお前が勝手に話してんだろうが。傷を抉るっつーのはな、失恋が確定したお前に『まったく見込みねぇな』とか『鼻から男として見られてねぇのな』とか言うことだ」
「やーめーろぉおおおおおお!!」

 テーブルに突っ伏したまま地団駄を踏んだが、がたがたと不快な音を立てるだけでなんの解決にもならない。品質管理のしっかり行き届いたホワイトアスパラをフォークで転がしていた友人は、興味なさそうにカサギの端末を操作していた。
 そこには会ったこともない若い女性の写真が表示されている。あのあと、ヒヨウから送られてきたものだ。ヒヨウとは違い、長い髪が印象的な女の子だった。年齢もきっとカサギと同じか下だろう。肌は白く、たれ目がちな目が小動物を思わせる。少し前のカサギなら、好みだなんだとはしゃいでいたに違いない。

「まあでも、かわいい子じゃねぇの。一晩飯食いに行けるだけでもありがたいと思え」

 なんなら俺が代わってやろうかとでも言ってくれればいいものを、意地悪な友人はちらともそれを口にしない。
 沈没したカサギの代わりに酒の追加を注文し、それまでいじっていた端末を投げてよこしてきた。乱暴な扱いに文句を言うだけの気力もない。ふと目にした画面には、送信完了の表示がされている。
 ――送信完了?

「ヒヨウ二尉であってるよな?」
「えっ、……え!? ちょっ、おま、なにした!?」
「自分で見て確かめろよ。これは俺からの昇任祝いってことで」
「おいっ!! なんだよこれ、『たすけて』って、こんな連絡してタダで済むはずねぇだろ!?」


 一瞬にして酔いの醒めたカサギのもとに、血相を変えたヒヨウが乗り込んでくるまで、あと五分。




(カサギ! 無事か!?)
(ちょ、早いっすよヒヨウ二尉!! 今メール送ろうと思っ――)


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