4 [ 168/193 ]

「あ、あの……、イセさんは、父から今日のことを事前に……?」
「いえ。先ほど車中で。ちょうど、お嬢さんとお話されていたときに聞いたのが初めてです」
「ああ、そうなんですね。まったく、お父さんったら本当にもう……」

 早く次の話題を。もっとたくさんお話しなくては。
 きゅっとワンピースの裾を握り締めて、ズイホウはなけなしの勇気と雑誌で得た知識を最大限に振り絞って披露した。休日の過ごし方を訊ね、趣味を訊ね、好きな食べ物から色に至るまで、とにかく聞いて聞いて聞きまくった。しかしながら、返ってくるのはどれも質問の答えばかりで、それ以上話は発展しない。
 そろそろネタが尽きて再び沈黙が訪れようとしたとき、そのとき初めて、イセの方から口を開いた。

「……ミズサキ艦長は、とてもお嬢さん思いのお父様ですね」
「え?」

 湯呑に隠れてしまったその口元にうっすらと笑みが乗っているのを、ズイホウは見逃さなかった。体温が上がり、鼓動が高鳴る。全身が喜びに震えている。――もっと見たい。もっと、彼の声を聞きたい。
 どういうことかと聞き返そうと前のめりになったズイホウを現実に引き戻したのは、無情にも実の父だったけれど。

「――そろそろ帰れ」
「お父さん!」
「もう十分話しただろう。そろそろ帰れ。車は呼んでやる」
「あまりにも勝手が過ぎます! せめてお食事を、」
「いいから帰れ!」

 あまりの言い草にむっとして言い返そうとしたズイホウの背後で、イセはもうすでにお手本のような作法で座布団から降り、深々と頭を下げているところだった。まっすぐな視線がミズサキを見上げ、「お邪魔いたしました」と凛とした声が紡ぐ。
 こうなっては、子どものように駄々を捏ねて食い下がるわけにもいかない。無理に引き止めるなどはしたない真似はできなかったし、なによりこれ以上迷惑だと思われたくなかった。ただでさえ自分は上官の娘という、非常に気を遣わせる立場の人間なのだ。もう少し一緒にいたいと思う気持ちを抑え込み、代わりに父を軽く睨んでイセを玄関まで送る。
 靴を履くために屈んだ姿勢さえしゃんとしていて、思えば父以外でこれほど逞しい背中を見るのは初めてだった。手渡した靴べらを「ありがとうございました」と丁寧に礼を言って返されたとき、ほんの一瞬指先が触れ合った。体温を感じることすらできないほど、ほんの一瞬の出来事だった。
 だがそれは、ズイホウにとっては十分すぎるきっかけだった。

「あっ、あの! ご迷惑でなければ、その、……またお会いしていただけませんか?」

 背中に般若と化したミズサキの視線が突き刺さっているが、そんなものは関係ない。父からあとでなにを言われようと、彼を連れてきたのは父自身だ。それを武器にして戦う心づもりはできている。
 必死で懇願するズイホウとミズサキを交互に見たあと、イセはゆっくりと首肯して言った。

「――私でよければ、喜んで」


* * *



 艶やかな黒髪の美しい、素朴な顔立ちの“お嬢さん”だった。まだ少女と呼ぶ方が似つかわしい風貌で、ほんのりと色づいた頬ではにかむ表情が愛らしい。どうやら彼女は母親似のようだ。
 突然連行されて行われた“見合い”から二週間が経った。一人部屋で端末を眺めていたイセは、二週間前に新しく登録されたばかりの連絡先を見ながら珍しくぼうっとしていた。
 連絡したところで特に話すことはない。しかし、顔を合わせるたびにミズサキが「連絡したのか」「次はいつ会うんだ」とせっついてくるため、そろそろなにかしらの動きを見せないことには身がもたないだろう。
 掌中の珠のように大事にしているお嬢さんの相手候補になぜ自分が選ばれたのかは分からないが、選択肢を間違えば心身ともに大損害を受けることは目に見えていた。並の任務よりも遥かに難しい案件に、思わず頭を抱えたとしても誰もイセを責められないだろう。
 
『……も、もしもしっ』
「夜分に申し訳ございません。イセですが……」

 端末を通して耳に流れ込む声は少し上擦っていたけれど、話を進めるうちに徐々に落ち着いて柔らかく穏やかな調子になっていった。耳に心地いいその音程に、疲れた身体が眠りに誘われる。噛み殺した欠伸を聞きつけたのか「お疲れですか」と申し訳なさそうに沈む声に、思わず苦笑が漏れた。


[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -