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「分かってる、くせにぃっ……!」
「僕に分かるのは、君が泣いているという事実だけです」
「セイランの馬鹿ぁ! ……ひとりじゃ、無理なのぉっ、も、やだ、耐えらんない、もお、つらいの……!」

 一人で抱えるには重すぎるけれど、誰かに背負わせるわけにはいかない自分の荷物。腕が痺れて限界に近づいていることは自覚しながら、そんなことはないと必死に言い聞かせてきていた。なんでもないことなのだと、そう思ってきていた。
 情けなく泣き喚く口が好き勝手に言葉を吐き出していく。
 一人じゃ無理、もう限界、耐えられない、つらい、悲しい、苦しい、助けて。
 リュウセイとの約束を、ナグモはそのとき初めて口にした。すべてが変わってしまったあの日、子どものような賭けをして勝ち取った未来の約束の話を。もう果たされることはない、その約束を。
 馬鹿みたいにはしゃいでいた自分を思い出すたびに、胸が軋んだ。あのとき勝利をもぎ取ったゲーム機は、見るのもつらくて処分した。あの日以来、カーレースの映像さえ胸をざわつかせるようになった。
 彼氏に連れて行ってもらえと呆れたように言われ、あのときのナグモはなんと返したか。自分のことは思い出せないのに、リュウセイの笑った顔は鮮明に思い出せる。

「なん、でっ……なんで、あんなこと、したの! 約束してたのに!! セラドン行くって! ランチ行くって、連れてってくれるって、言ったのにぃっ!」

 あの三ヶ月の間に、リュウセイはなにを思ったのか。どれほど苦しみ、傷ついたのか。
 聞いてあげることさえできなかった。つらかったろう、苦しかったろう、やるせなかったろう、悔しかったろう。一人で抱えきれないほど、重たい荷物を背負わされたのだろう。それなのに、ナグモはなに一つできなかった。支えることはおろか、知ることすら許されなかった。
 彼がたった一人で苦しんでいたというのに、自分が誰かと苦しみを共有することなど許されるはずがないと、そう思っていた。

「なんにも、できなかった……!」

 謝っても謝っても、夢の中のリュウセイは許してくれない。虚ろな目でナグモを見て、真っ赤に染まった口元から千切れた舌を覗かせている。彼がそんな風に思うはずがないと分かっているのに、悪夢に掴まった心は絶えず痛みを植え付けていく。
 あの一件でたくさんの隊員が亡くなった。リュウセイはその中の一人だった。軍人である以上、死は身近に潜んでいる。そんなことは理解していたつもりだったが、彼の死因はナグモの理解の範疇を容易く飛び越えた。
 どうして死んでしまったの。どうしてなにも言ってくれなかったの。どうして、もう少し待っててくれなかったの。話してくれたら、助けられたかもしれないのに。ねえ、どうして。
 自分勝手な思いが溢れ、リュウセイを責め立てる。もう届くはずがないと、嫌というほど知っているのに。

「も、う、誰とも“約束”したくないっ……」

 先の予定を立て、それがもし、思いもよらぬ方向で果たせなくなってしまったら。
 “もしも”は簡単に訪れる。仕事だったらいい。寝坊だったらいい。けれど、“もしも”、そうではなかったら。“もしも”、もう二度と果たせなくなってしまったら。
 そう考えると、約束することが怖くなった。笑顔で他愛のない約束をしては、そのたびにどこかにつきりとした痛みを感じるようになった。そんな自分を認めたくなくて、見て見ぬふりを決め込んでいた。

「……彼のことは、僕も心から残念に思います。もっと、共に仕事がしたかった」
「っ……」
「彼といるときの君は、とても楽しそうでした。僕よりもよほど、つらかったでしょう。彼も、とてもつらかったでしょう。――僕がどんな言葉を尽くしたところで、彼の心も、君の心も、癒えるものではないでしょう」

 セイランの腕がナグモの背を優しく撫でる。そのまま頭をぽん、と撫でられ、大粒の涙がセイランの胸に吸い込まれていった。


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