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「言いなさい」
「え……?」
「君が泣いている理由を。傷ついている訳を。すべて、話しなさい」
「大したことじゃ、ないって。ほんと、大丈夫、だから」

 逸らそうとした顔を強く固定され、無理やり視線を合わされた。
 セイランがこんな風になにかを命令することなど珍しい。仕事中でさえお願いの形式をとるような人だ。そんな彼が、きつい物言いでナグモに迫る。

「だい、じょぶだから、セイラ、」
「本当に? “それ”は本当に、君が一人で抱えていけるものですか。本当に誰にも言わず、君一人で昇華できるものですか。これから先、“それ”によって君が苦しめられたとしても、その苦しみを誰にも理解されることなく、たった一人で傷ついて平気なものですか」

 ――ああ、ほら、捕まった。
 どんなに逃げようと足掻いても、風に棚引く蜘蛛の糸に捕らえられては敵わない。美しい糸に絡められたその瞬間、待ち構えていた蜘蛛があっという間にやってくる。
 セイランは優しい。優しいけれど、甘いだけの人ではなかった。蕩ける蜜香で誘っておきながら、苦い毒をも秘めている。今まさにその毒の出番だ。鋭い牙を深々と突き立てられ、じわじわと毒を注入される。
 声が膨れ上がった。情けなく溢れた泣き声は、ナグモが殺そうとするよりも早くセイランの胸へと吸い込まれていく。頭を抱えるようにきつく抱き締められ、久しぶりに感じるセイランの香りがナグモを惑わせる。
 やめて、ねえ、どうして放っておいてくれないの。弱いところは見せたくない。自分でも、見たくないのに。

「本当に、なにも聞かず、君を一人にしていいんですか」

 今まで聞いたこともないくらい冷たい声が、耳朶に触れる。そんなことを口にしながら、痛いくらいに抱き締める矛盾が酷い。
 必死に声を殺すナグモに、セイランは無情にも腕の力を緩めた。離れようとする身体に慌てて追い縋ったのは無意識だ。
 ――もう嫌だ。こんな恋人、こんな酷い男、もう嫌だ。
 背中に腕を回して、絶対に離さないつもりで縋りつく。開いた口からは言葉にならない声が漏れ、涙の量が爆発的に増した。
 それでも、そうまでもしても、セイランは手のひらを返したようにナグモを抱き締めようとはしなかった。だらりと垂れ下がった手は触れてはくれない。振り払われることはないけれど、受け止めてくれているわけではない。
 なんて、酷い。まるであの日のようだ。あの日は今とは逆だった。必死で離れようとするナグモを捕まえて、強く強く抱き締めて、――そうして結局、手放された。

「……、だ、」
「はい?」
「――や、だぁっ! やだ、いかないで、ひとりにしないでよぉっ」

 お願いだから、ねえ、意地悪しないで。

「なんっ、で、ひっく、なんで、こんないじわ、る、っ、するのぉ」
「ナグモ。君は“どうしたい”んですか」
「言いたく、ないって、言ってる!」
「でしたらそうなさい。けれど、それでは僕には君がどうして泣いているのか分かりません。なにを悲しんでいるのか、苦しんでいるのか、理解できません。君がそれでいいと言うのなら、これ以上は聞きません」

 あともう一度首を振れば、セイランはこれ以上の追及をやめ、この話題に触れずにいてくれるだろう。涙が落ち着けば、後はいつも通りの会話を楽しむだけだ。そうしたいと思う自分がいる一方で、これ以上は聞かないと言い切ったセイランを闇雲に詰る自分がいる。
 どうして聞いてくれないの。どうして分かってくれないの。どうして、どうして。子どものように癇癪を起こす自分に、笑って流そうとする自分が頭から飲み込まれていく。
 縋りつく手に、より一層力が籠もった。


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