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凄まじい羞恥がワカバを襲う。声なく思い上がるなと告げられ、自分の愚かしさを目の前に突きつけられた。恥ずかしい。悔しい。目の淵がじわりと滲む。今すぐにでも逃げ出してしまいたい。
それと同時に、ぐつりと熱いものが胸の奥で湧き上がる。
「……私は、カガ二佐のお眼鏡にかなうと思われますか」
「そりゃ分かんねぇな。今のままじゃ到底特殊飛行部にゃ入れねぇもん。特別訓練受けて、使えるようになってりゃうちで採る。そうでなけりゃ、民間に行こうが一般に入隊しようが好きにすりゃあいい」
あまりに身勝手に聞こえるが、それももっともなことだと納得している自分がいる。
特殊飛行部への配属は限られた人間だけだ。テールベルトでの通常任務に加え、他プレートへ渡って白の植物と戦うことが求められる精鋭達。並ではない技術と体力を要することから、現在のテールベルト空軍の特殊飛行部に女性隊員はいない。
何人もの隊員が試験を受け、落とされてを繰り返す。そこを目指すのは修羅の道とも言えるだろう。
だが、カガはその道を歩めとワカバに言った。
同学年の女子に比べれば体力はある方だが、それでも男子には到底敵わない。地上戦の格闘技術も、空中戦での操縦技術も、戦術を駆使する頭脳も、どれも足りない。
お世辞にも突出するところがあるとは言えない自分を、ただ気に入ったという理由で引き入れようとする目の前の男に、ワカバは羞恥と怒りで滲んだ瞳を向けた。
カガの隣で、ハルナがまたしても深く溜息を吐いた。それがなにを意味しているのか、今のワカバに考える余裕はない。
「――ご指導、いただけますか」
ふざけるな。馬鹿にするな、甘く見るな。受けた屈辱は、必ず倍にして返してやる。
「おっ? 覚悟は決まったのか、嬢ちゃん?」
「お言葉ですが“ワカバ”です、カガ二佐」
いつか遠くはない未来、必ずやその余裕に満ちた笑顔の前に堂々と仁王立ってやる。
なくてはならない存在だと、その口から言葉をもぎ取ってやる。
カガは戯れに声をかけただけなのかもしれない。毛色の変わった学生を見て、ちょっと遊んでやろうと思っただけなのかもしれない。もしも本気でないのだとすれば、本気にさせてやるまでだ。
プライドを粉砕した羞恥が怒りに塗り替わる。感じていた恐怖はワカバを駆り立てる一因となった。睨む寸前の眼光でまっすぐにカガを見据え、胸を張って敬礼する。
愛らしい瞳に小動物のような光はなく、まぎれもない軍人のそれであることに本人だけが気がついていなかった。
「普通ならあと三年かけるところを、一年で習得してもらわなきゃなんねぇ。今のお前にゃ相当キツいぞ。知識と技術を容赦なく叩き込む。求められる水準は一般の空学生のそれより遥かに高い」
「承知しております」
「さっきも言ったが、休んでる暇はねぇ。若いお嬢ちゃんにはつらいと思うが、本当にいいのか?」
なにを今さら。優しく逃げ道を示されようと、背後の道はすでに自らの意思で封じている。
後戻りするための橋はこの手で落とした。あるのは目の前にある道のみだ。
そこを突き進む覚悟があるのかと問われれば、胸を張って答えよう。
――受けて立つ、と。
「二言はありません。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
「よーし! ならワカバ、早速だがシミュレーターで今の実力を見せてもらう。上には話は通してあるから、今後の予定は教官にでも教えてもらえ。――ハルナ、案内してやってくれ」
「はい。ついてこい、ワカバ二士」
「了解しました。お手間をおかけします、ハルナ二尉」
「あ、行く前に一つ! なあ、今どう思ってるのか、お前の言葉で正直に言ってみろよ。オッチャンぜってぇ怒んねぇからさぁ」
上官相手に言葉を飾らずに述べろと言われて、正直にその通りにする馬鹿はいないだろう。
だが、今はまだワカバは学生だ。そのくらいの不作法は許されるだろうと普段ならば絶対にしない思考に至り、ふんわりと笑ってみせた。もうどれほど取り繕ったところで無駄だ。無駄な足掻きはみっともない。
今の正直な気持ち?
それがお望みなら言ってやろう。正直に、自分の言葉で。
「――今に見てろ!」
進む道が泥濘だろうと、茨で覆い尽くされていようと、はたまた修羅が潜んでいようと。
必ずやそこを越え、彼の前に立つと己に誓おう。
(2015.05.03)