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「もちろん、今すぐにとは言わねぇ。が、あと三年待つ気もねぇ。お前さんにその気があるなら、特別訓練を受けてもらう」
「……とくべつくんれん、ですか?」
「おう。休みなんざないと思ってもらっていい。来年は四年生と一緒のカリキュラムで動いてもらう。つまりだ、あと一年で卒業することになる。ゼロと一緒だな」

 ゼロがその才能を見込まれて飛び級し、来年度から四年生と同じカリキュラムで学んでいくことはワカバも聞いていた。座学はからっきし駄目なゼロだが、飛行能力に関しては一秒でも早く上が欲するほどのものらしい。その実力は十二分に知っている。地上戦ならばまだしも、空中戦で彼に敵いはしない。なにしろゼロ相手では、教官でさえ不覚を取るほどのものなのだ。
 だから、ゼロが飛び級すると聞いたときはすんなりと受け入れることができた。彼はまさに飛ぶために生まれてきたのだ。大空に翼を広げ、誰も追いつけない速さで雲を切り裂く。そんな彼だからこそ、自分達の先を行くのだと。
 だが、今カガは、それと同じことを自分にしろと言ったのではないか。

「も、申し訳ありません、あの、……あの、なぜ私がそのような……?」
「ん? 理由か? 気に入ったから。答えはそれだけだ」

 なんとか言葉を捻り出したというのに、カガはあっさりと言ってのける。
 その返答に、ワカバは泣きたいくらい困惑していた。

「ですが! 私は、ゼロとは違い、取り立てていただけるだけの能力など、」
「嬢ちゃん。お前、民間に就職する気でいるんだって?」
「はい……」
「なるほどなぁ。ま、お前さんの見た目と成績なら難しくねぇだろ。でもな、今、空学生でいる限りは軍属の人間だってことも分かってるよなぁ?」

 背筋が凍る。
 カガは決して声を荒げてはいないし、目を細めたりもしていない。穏やかに笑んで、明るい調子で話しかけてくる。それなのに、信じられないほど恐ろしい。カガの隣に立つハルナの方がよほど厳しい顔つきをしているというのに、まるで比べ物にはならなかった。
 急に話を変えた理由はなんだ。一体どこにその意図が隠されている。必死で頭を働かせるが、恐怖に囚われたままではろくな働きを見せてはくれない。
 返答が遅れたワカバを促したのはハルナだった。「返事を」と厳しく言われたが、こちらの方がよほど落ち着ける。

「はい。理解しています」
「だよな。だっから、あんな台詞吐いたんだもんなぁ」
「え?」
「――ハルナ」

 にんまりと笑ったカガの顔は、まるで肉食獣のそれだった。
 溜息を吐いたハルナが、端末を操作する。その表情がやや苦いものに見えたのは、ワカバの気のせいだろうか。
 そんな風に考える余裕があったのは一瞬だった。

『軍人舐めんな!!』

 スピーカーから解き放たれた音声に、心臓が氷で貫かれたように冷たく痛む。呼吸が止まった。一瞬で血の気が引き、顔が青ざめていくのを自覚する。
 こちらに向けられた端末の画面には、先日ヘルを相手にしたときの自分がはっきりと映しだされていた。
 ――まさか、そんな。
 ああそうだ。どうして失念していたのだろう。あの場にはいくつものカメラがあり、映像は資料として記録される。軍部の人間ならば誰でも閲覧可能の代物だ。だが、莫大な量のデータの中から自分を見つけ出す人がいるとは思ってもいなかった。そんなこと、考えもしなかった。
 手が震える。

「かっちょいい台詞だな。でもなあ、確かに軍属とはいえ、その程度の覚悟の、しっかもまだまだぺーぺーのお子ちゃまがあんな大言壮語も甚だしいと思わねぇか?」
「ッ……」
「ああいう台詞は、立派な軍人になってから言ってくれや、嬢ちゃん」

 「嬢ちゃん」その一言が、ワカバの胸に深く突き刺さった。意識を絡め取ろうとする恐怖をなんとか振り払い、俯きそうになる顔を上げてカガを見る。
 目を背けるな、戦う前に逃げるな。今自分を突き殺そうとしている相手の顔を、しっかりと見定めろ。
 暴れ狂う心臓が、全身に血を送る。

「――軍人舐めんな?」

 長机に肘をつき、うっすらと笑みを浮かべてカガが言う。
 その一言に、青褪めていた顔に一瞬にして血が上った。なにかが折れる音が聞こえた。自分の中で、はっきりと形を持っていたはずのなにかが一撃で砕かれた。


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