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 ワカバが教官に深刻な顔で呼び出されたのは昨日のことだ。
 なにかやったかと不安に苛まれていたワカバは、教官の口から告げられた台詞を聞いてさらに不安を高めることになった。
 テールベルト空軍特殊飛行部カガ隊の艦長自らのお呼び立てなど、どう考えてもただ事ではない。理由を尋ねたところで教官も詳しくは知らないと首を傾げ、挙句「なにをしたんだ」とお叱りを受ける始末だ。
 当然、心当たりなどまったくない。常に品行方正を心がけているため、空軍学校内でも個別の呼び出しを受けたことなどない。それがどうして、特殊飛行部の、それも艦長その人に名指しで呼び出されるのか。
 カガ隊にはゼロの尊敬してやまないハルナがいることもあってゼロに相談してみたが、彼は「行けば分かるでしょ」と他人事だと思ってしれっと言ってのけた。確かにその通りなのだが、あまりに冷たい対応に軽く爪先を蹴ってやったのは今朝のことだ。
 そして今、ワカバは指定されたブリーフィングルームの扉の前で、逸る心臓を抱えて深呼吸を繰り返していた。この扉の向こうに、二佐という、今のワカバからすれば雲の上の相手が存在している。緊張するなという方が酷だった。
 なんとか呼吸を整え、覚悟を決めてノックすればすぐさま中から返事が投げられる。震えそうになる手で扉を開けて中に入ったワカバは、零れそうになった声をなんとか飲み込んで敬礼することに成功した。

「失礼いたします。空軍学校第一学年、ワカバ二士です」
「おう、ご苦労さん。急に呼び出して悪かったな。そんなとこ突っ立ってないで、まあ座れ」
「はい」

 ――こんなの、聞いてない。
 口ではきちんと返事をしながらも、頭の中はそのことでいっぱいだ。室内に待ち受けていたのはカガだけではなく、ハルナの姿もあった。ますます訳が分からない。一体自分はどんな用件で呼ばれたのだろう。問いかけたくても舌は口の奥で情けなく縮こまっている。
 恐る恐る席に着いたワカバに、向かいに座っていたカガの視線が突き刺さる。検分する様子を隠そうともしない目つきだった。身体を強張らせるワカバを見て、ハルナが苦笑交じりの溜息を吐く。

「ワカバ二士、そう緊張しなくていい。――艦長、あまり怯えさせんでください」
「ええー? オッチャンよかハルナの顔にびびってんじゃ、」
「艦長」
「ちぇー」

 小さな子どものように唇を尖らせて拗ねるカガは、それだけを見れば“親しみやすいおじさん”だ。だが、ワカバにはそうは見えなかった。どれほどひょうきんに振る舞おうと、その瞳の奥は怜悧に冴えわたっている。今まで鬼教官と呼ばれる人物は何人も見てきた。強面で屈強な身体、そして張り上げられる怒声。それらはまさに鬼の名に相応しかったけれど、底冷えするような恐怖を引き起こしはしなかった。
 だが、彼は違う。たとえ笑顔であろうと、たとえ気さくであろうと、油断すればあっさりと喉笛を掻き切られるだろう。そして転がる骸には一瞥もくれず、何事もなかったかのように立ち去るに違いない。
 これまで体験したことのない類の恐怖に支配されるワカバに、カガは人好きのする笑顔を浮かべて言った。

「知ってるかもしんねぇが、俺は特殊飛行部G-r1eを率いるカガだ。んで、こっちがハルナ。よろしくな」
「はい」
「で、今日お前さんにわざわざ来てもらった理由なんだが……。悪いな、オッチャンまどろっこしいの苦手なんだわ。直球で言わせてもらうぞー」

 手元の端末を操作しているあたり、カガの手元にはワカバの資料が表示されているのだろう。その太い指先がぴたりと止まった瞬間、ワカバは知らず知らずのうちに詰めていた。

「――うち(カガ隊)に入る気はねぇか」

 その一言に、ワカバの思考は完全にフリーズした。
 なにを言われているのか分からない。なにやらありえないことを言われたような気がするが、短い台詞の半分も処理できていない。言葉を失うワカバに、カガは無情にも畳みかけてくる。



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