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「ハルナ、お前そっちのちっこいの見てんだろ」
「え?」

 どこかひやりとした声に指摘され、ハルナは驚きに目を丸くさせた。無論、全体を広く見るようには心がけている。学生の頃によく叱りつけられたような、視野を広く持てという意味合いの指摘に驚いたのではない。
 この状況で、当然注目すべきはゼロの方だとハルナは思っていた。だがカガは、そうではないらしい。あの年頃の少女が、体格差をつけられた男に組み敷かれて抜け出すのは困難だ。それも相手が格闘術を会得しているのならなおのこと。まだまだ経験の浅い一年生が、力以外の技でどうにかできるとは思えない。
 目を丸くさせたハルナの視線を誘導するように、カガは太い指先を少女に向けた。

「――あ」

 少女を組み敷いていたヘルが、その身体を僅かに浮かせた。手首を戒める手に緩みはない。だが、それによって少女の下半身が自由になる。
 少女にとっては絶好のチャンスだ。だが、それをものにできるだけの実力は備わっているのだろうか。そう思ったのもつかの間、ヘルの意識がゼロから外れた。少女がなにか話しかけたらしいが、音声は小さく聞き取れない。音量を上げる。地面を蹴る音が、スピーカーから飛びだした。
 ハルナの疑問に答えるように、そしてまた、カガの期待に応えるように、少女は自由になった足を躊躇いなく真上に振り上げた。全力で股間を蹴り上げようとするその動きに、ヘルが慌てて少女の上から飛び退く。ヘルのその反射神経には素直に感心したが、それ以上に目を瞠ったのが少女の動きだった。
 跳ね起きるなり、よろめくヘルの足元に向けて模擬弾を放つ。それに遅れて、ゼロが地面を蹴った。完全に自由だった身でなんという有り様だ。今度会ったときにきちんと注意しなければと、モニターに呑まれる頭の片隅でそう思う。
 目が離せない。鮮やかな手並みは今までいくらでも見てきた。実戦や模擬戦だけでなく、格闘技の大会などでも、何度もだ。それなのに、今のハルナは目の前で繰り広げられる光景に釘づけになっている。
 少女の銃口が、まっすぐにヘルをねめつける。心臓を貫こうと、その血を飲み干そうと、牙を剥く。
 
『軍人舐めんな!!』

 音割れを生んだその咆哮は、可愛らしい少女の高い声だった。
 驚愕に瞠られた青い双眸、鳴り響く銃声とタイムアップを告げるアラート。
 予想だにしない展開に言葉を失っていた二人だったが、いち早く現実に戻ってきたのはカガだった。がはは、と、腹の底から笑声を響かせてハルナの肩を叩いてくる。加減など一切ない手つきに、さすがにじんわりと肩が痛んだ。

「いいな、この嬢ちゃん! なあ、こいつなんて名前だ?」
「『ワカバ』だそうです。……少女だからといって見くびっていた自分が恥ずかしいですね」
「ハルナにそこまで言わせるたぁ、さすがだなぁ! ワカバか。ふうん、ワカバねぇ」
「艦長、なにを考えているんですか」

 にんまりと弧を描く唇が、言葉にせずとも「いいことを思いついた」と語っている。カガの思いつく“いいこと”が言葉通りのものであったためしなどなく、ましてや自分が事後処理をする立場にあると分かっているハルナは、苦い顔で上官を見つめた。ともすれば怯えて逃げ出したくなるような鋭い目で睨まれようと、そんなものに怯むカガではない。
 携帯端末を取り出してなにやら操作したかと思うと、カガは極上の笑みを浮かべて一時停止したモニターを指さした。

「――こいつ、欲しいな」

 そう短くはない付き合いのハルナには、その声が意味するものは瞬時に理解できた。理解できたが、納得できるかどうかは話が別だ。
 これから先のことを考えるとどうしても痛む頭を軽く手で押さえ、テールベルト空軍のエースパイロットはこれ以上はないほど重たい溜息を吐いたのである。



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