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act.9:宣戦布告


「んー? ハルナ、なに見てんだ?」
「先日行われた空学生達の合同レクリエーションです。広報がディスクを置いていったので、見てみようかと」

 顔馴染みでもある広報官のキッカに「弟さん大活躍でしたよ!」と笑顔で渡されたディスクの中には、確かに弟の姿が映っていた。バーチャルルームを使用して毎年行われる学生主体のイベントは、合同訓練の正規プログラムではない。とはいえ、参加している三国の気合の入れようは十分だ。
 成績に響くことはないが、記録映像はこのように軍部で公開される。未来の優秀な軍人を見定めるいい機会でもあった。

「ああ、こないだのお遊びな。って、これハルナの弟じゃねぇか! 頑張ってんのか? ……おーい、なんだなんだ、負けてんじゃねぇか」
「ええ。どうにもこの四年生達が使えないようですね。下が振り回されています」
「カスの上官を持った上で、どう立ち回るかも重要だぞー。で、今んとこどうなってんだ?」

 ハルナの隣に椅子を引き寄せ、端末画面を覗き込みながらカガが笑う。複数の画面を切り替えながら、ハルナは右端の表に目を移した。

「どうにも分が悪いようです。残っているのは一年が二人、それから三年と四年がそれぞれ一人の計四人ですね。カクタス側は五人残ってます」
「ほー、一年ボウズが二人とも残ってんのか。つーことはアレか、大人しく隠れとけっつー指示を健気に守ってんだな」
「その一年も、どうやら厳しいようですが」

 言いつつ拡大した画面には、腹這いになって物陰に潜む二人の空学生の姿が映し出されていた。その後ろから、カクタスの制服を来た金髪の少年が近づいてきている。テールベルトの学生はまだ気がつかない。
 カクタスの学生が模擬銃を構える。――これでまた二人減るかと思われた、その瞬間。テールベルトの学生の一人が、もう一人を突き飛ばして銃弾を避けた。
 地面が爆ぜる。ただ転がるだけかと思った小さな身体は、身を起こすと同時に銃口をカクタスの学生へと据えていた。
 横から伸びてきたカガの手が、ハルナの端末を勝手に操作してさらに映像を拡大する。音声抽出システムまでもを起動するその横顔は、新しいおもちゃを見つけた子どものように輝いていた。

「へえ、お嬢ちゃんじゃねぇか。こっちの転がってんのはゼロか。お前によく懐いてるよな、確か」
「はい。熱心な学生ですよ。……座学はどうも、素行不良が目立つようですが」
「このカクタスの坊ちゃんはなんて名前だ?」
「ヘル、ですね。一年です」

 ハルナが登録データを確認している数秒の間に、事態は変わっているようだった。星屑を集めて固めたような鮮やかな金髪が揺れ、少女の身体が地面に沈む。のしかかり、動きを奪うことは非道ではない。だが、彼の様子はただ身動きを制限するためのそれではないように見えた。
 相手は女子学生だ。レクリエーションの場で間違いがあるとは思えないが、見ていてあまり気持ちのいいものではない。眉を顰めるハルナの横で、カガが楽しそうに「どーすんだ?」と笑っている。
 からかうように少女の頬に寄せていた顔を上げ、ヘルはゼロを見た。ヘルの銃口は今や完全にゼロを捕らえている。ハルナにとって、注目すべきはこの状況でゼロがどのような判断を下すかというところにあった。人質を取られた上での攻防戦だ。決定的に不利な状況をどのように覆すかという冷静かつ的確な判断力、それを実行するだけの能力が求められる。
 それは空の上でも同じだ。飛行樹に乗れば、地上とは違う感覚が常に身体を苛む。身を空に溶かし、どれほど翼を広げようと、最も働かせるのは己の頭だ。


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