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「色なんか分からなくたって生きていくのには困らないでしょう、よかったね、って何回言われたと思う? 見えてるんだからいいでしょう、運がよかったね、って。死なないだけマシだったんだから奇跡に感謝しないとって、何回言われたと思う?」
「それだけで頭が一杯になって、なにもないのに叫び出したくなる程度には聞かされたんじゃない?」
冷ややかに淡々と告げると、ミクマの瞳がじわりと滲んだ。
正確な回数は分からない。分かるはずがない。だが、かけた側は優しい慰めの言葉と思っているその台詞がどれほど深く傷をつけるものだったか、それくらいは理解ができる。その言葉が、うんざりするほど投げられたのだろうことも。
それはかつて、自分が体験したものだからだ。
「それで、見えなくなったら周りは絶対言うんだよ、『生きてるんだからよかったね』って」
「だろうね」
「なに一つよくない。色がなくなったのに、なんで見えない人と比べてマシだからって喜ばなくちゃいけないの。見えなくなったら、今度は死んだ人と比べられるの? じゃあ、私はいつになったら苦しいって言えるの? いつ悲しんでいいの?」
――ああ、面倒くさい。
浮かんだ涙が滑り、顎先からぽたぽたと滴り落ちてテーブルに模様を描く。溜息を吐けば、ミクマは大きくしゃくりあげた。
「どうせ見えなくなるなら、最後にもう一回スズヤのお花が見たいの。あのときみたいに」
「絶対に嫌。理由は二つ。一つ、おれはもう二度と花を活けないって決めたから。二つ、君の目は視力を失うことはないから」
しっとりと濡れたような花びらに、柔らかくもしっかりとした茎。艶やかな葉に、緑の匂い。身体に染みついたその感覚は、今も消えることはない。
機械のように手を動かし、花を活け続けていた日々を思い出す。広い部屋、溢れる生花。飾り立てた花々は美しく、多くの人に絶賛され、そして一部の人達にこき下ろされた。
生花はあの家を思い出す。牢獄のような、あの無機質な空間を。
「……こんなに泣き落としても駄目だなんて、スズヤ冷たい」
「知ってて付き合ってるんでしょ。じゃあ自業自得」
「つめたい」
「知ってる。――ねえ、ミクマ」
やはりミクマは賢い。スズヤが折れないと判断したのか、涙を浮かべつつも納得した様子でいる。
紙ナプキンで濡れた頬を拭った彼女が、呼びかけに答えるように真っ赤になった目を向けた。