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 色で溢れるこの世界。
 それを失くした君の目に、この姿はどう映るのだろう。


monochrome.


「ミークマ」
「スズヤ! 珍しいね、五分遅刻だよ」
「君がナンパされてどんな反応するのか見てたからね。なんて断ったわけ?」
「彼氏がいるからって。……にしても、彼女が困ってるの見てるだけだなんて、相変わらずいい性格してる」
「でっしょー?」

 クリーム色のフリルシャツに、裾にレースがあしらわれた七分丈のジーンズ。シンプルな服装に加えて顔には化粧っ気はないが、柔和な顔立ちと豊満な胸が描く曲線が人目を引く恵まれた容姿だ。
 溜息を零したミクマは、私服姿のスズヤを見上げて小さく頬を膨らませた。細められた瞳に、電子コンタクトレンズが揺れている。

「あれ、そういや、今日はコンタクト?」
「半年ぶりに会うんだよ。あんなだっさい眼鏡してられない。コンタクトは乾くしピリピリするから嫌なんだけどね、仕方ないよ」

 そう言って笑うミクマの真横を、真っ赤なカーディガンを羽織った女性が通り過ぎた。青いシュシュで髪をまとめた少女、黄色い鞄を持って走り回る少年、色とりどりの造花を飾った駅前のショーウィンドウ。
 これほどまでたくさんの色で溢れていても、ミクマの目に映る世界はモノクロだ。

 二年前、彼女は色を失った。
 事件か事故か、それは未だに分かっていない。突然消息を絶ったミクマは、その三日後、特別危険警戒区域に認定されている白の樹海の奥深くで発見された。感染性の高い白植物に囲まれていたにもかかわらず、彼女は奇跡的に非感染のまま救出された。
 脱水は起こしていたものの、外傷もなく命に別状はない。意識の回復を待ち、彼女の口から直接真相を聞けばこの一件はすぐにでも解決するはずだった。
 だが、白の植物は彼女にそれを許さなかった。
 ミクマは三日間の記憶をすべて失い、どうして自分が白の樹海にいたのか分からないと語った。
 それだけではない。彼女の目は、色彩を捉えることを放棄した。色が分からないと述べた彼女に、後天性の色覚異常が真っ先に疑われたが、目にも脳にもまったく異常は見当たらなかった。医学的に見れば正常に見えているはずなのに、彼女にはそれが知覚できない。
 精神的な問題と、白植物の影響によるものだと大半の医者や学者は結論付け、また、警察もできる限りの捜査の末、ミクマからそっと手を引いた。

 それから二年。
 彼女の世界は未だにモノクロのままでいる。ここ数ヶ月、視力の著しい低下が見られてパニックを起こしかけたが、医者の話によればそれは治るものらしい。そうは言っても、本人にとっては不安で仕方がないのだろう。
 見えなくなったらどうしようと泣きじゃくりながらコールしてきたのは、一週間前の話だ。弱視以下にまで低下した視力は、高性能の電子コンタクトレンズか眼鏡をかけなければ、ほとんど見えないのだという。どういう造りかは知らないが、このコンタクトレンズは視力矯正だけではなく、コントラストを上げてより見やすくしてくれているらしい。

「調子はどう?」
「一昨日よりは見えてる気がするけど、どうだろう。でもやっぱり見えにくいよ」

 近くのカフェに移動して、スズヤはミルクティーとコーヒーを注文した。ミルクティー用に蜂蜜と普通のシロップが出されたが、小さな銀製の容器に入れられた液体は色の濃淡が分かりにくい。ミルクティーのグラスと一緒に蜂蜜の方を差し出してやると、ミクマは肩を竦めて笑った。
 とろりとした液体がグラスの中に落ちていく。涼しげな音を立ててかき混ぜながら、ミクマは店内に飾られた造花に目を向けた。

「ねえスズヤ、このお花何色?」
「真ん中の大きいのが濃いピンク。その後ろの丸い実は赤紫。あとは緑の葉っぱ。濃淡は分かる?」
「うん。これはなんてお花なの?」
「メインにピオニー、それからアンスリウムにオオデマリ、ペッパーベリーってとこかな。あと葉っぱはゲイラックス」


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