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「あんた、絶対、絶対変だ!」
「そうかな?」
「そうだよ! 男に向かってキレイとか、あんた絶対おかしい!」
「えっ? 俺は、ゼロくんの飛び方のことを言ったつもりだったんだけど……」

 それでも変だとがなり、ゼロは一気にコーヒーを飲み干した。ストローを咥えて紙パックを上下させながら、赤くなった顔を手で扇いでいる。
 飛行技術は褒められ慣れているだろうに、真正面から言われると照れるらしい。思わぬ子どもっぽさに笑みが零れる。

「……にやにやすんな」
「うん、ごめん。元からこういう顔なんだ」
「ハルナ二尉とは似てねぇのな」
「そうだね。兄さんは父さん似だから。俺は母さんそっくりなんだって」

 携帯端末に入れてある写真を見せれば、ゼロは「うわ、マジだ!」とはしゃいだ声を上げた。
 話の流れでゼロの家族写真も見せてもらったが、彼の両親はどちらも黒髪で緑は宿していなかった。穏やかそうな二人だ。彼は一人っ子なのだという。

「――あんたさ、なんで飛んでんの?」

 ハルナの写真を見せていたところで、突然なんの脈絡もなくそんなことを聞かれて、端末の画面をスライドさせる指が固まった。

「なんでって……、それはもちろん空軍のパイロットになるためだよ。ゼロくんと一緒」
「違う。俺とあんたじゃ全然違うよ。だってあんたの飛び方、まんまハルナ二尉のコピーじゃん。急上昇、急下降。ありえないほどギリギリまで接近してから、擦れ違いざまにミサイル叩き込む。全部データで見たことあるやつばっか」

 僅かに残ったコーヒーを啜ろうとしたのか、紙パックが音を立てて勢いよく凹んだ。

「あんたの飛び方見てるとさ、パイロットになりたいんじゃなくて、ハルナ二尉になりたいんじゃないかって思えてくる」
「まさか。兄さんは兄さん、俺は俺だよ。兄さんにはなれっこない。――じゃあ、ゼロくんは? ゼロくんは、どうして飛んでるの?」

 ゼロはけらけらと笑って、ゴミ箱に紙パックを投げ入れた。綺麗な放物線を描いて、紙パックがゴミ箱へと消える。無邪気なガッツポーズが真横で披露された。
 見上げてくる勝気な瞳に迷いはない。キリシマと、そしてハルナとも同じ、黒い瞳だ。

「決まってんじゃん。緑を取り戻すためだよ。昔、じいちゃんに他プレートの写真を見せてもらったことがあるんだ。それがすんっげぇ綺麗でさぁ。森の中でも深呼吸できんだよ? 汚染の心配なんかない。ガキが自由に花摘んで遊べる世界があるんだって聞いて、いいなぁって思ったんだ」

 あまりにも綺麗なその笑みに、キリシマはなぜか青空を思い出した。

「だから、俺はパイロットになって白の植物を駆逐する。バケモンやっつけて、緑を取り戻すんだ。白に怯えないで済むように」

 夢見る子どもの語り口だ。
 でもそれを笑う気になどなれなかったし、ただただ圧倒された。
 ――自分はどうしてここにいるのだろう。どうして、飛ぶ道を選んだのだろう。そんなこと、考えたこともなかった。

「俺、思うんだけどさ。あんた、いつか飛べなくなるよ」
「……どうして?」
「ハルナ二尉の飛び方は、ハルナ二尉だからすごいんだ。そりゃ完璧にコピーすりゃ、並大抵の奴じゃ敵わない。でもさ、それだけじゃ通用しないよ。現にあんた、今日俺に負けたし」
「ははっ、手厳しいなぁ」
「兄貴の後ろ追っかけんのもいいけどさ、あんたはあんたの飛び方しなよ。せっかくイイ腕してんのにもったいない」

 つんと唇を尖らせて言うゼロは、嫌味ではなく本当にそう思っているようだった。
 ひょいと立ち上がり、洗面器を片手に寮へと戻ろうとする。自分も戻ろうと立ち上がりかけたところで、ゼロが慌ててそれを制してきた。

「ダメ! あんた無駄にでっけぇから立つな、並ぶな! なんか腹立つから!」
「俺は気にしないけど?」
「俺が気にすんだよ! 歩くなら離れて歩け!」

 そう言われて少し距離を開けてはみたけれど、コンパスの長さの関係ですぐに追いついてしまった。旋毛を見下ろせば、怒りを露わにしたゼロが見上げてくる。

「並ぶなっつっただろ!」
「そうは言われても……」

 確かにゼロはテールベルトの男性の平均身長に遠く及ばないが、成長期なのだから今後に期待はできるだろうに。
 それを言ったところで火に油を注ぐだけだから黙っていたが、完全に拗ねたゼロはそんな配慮にも気づかないのだろう。

「それじゃあおやすみ、ゼロくん」

 部屋の前で別れる寸前まで、ゼロは身長のことでぶつぶつとなにかをぼやいていた。「なに食ったらそんだけ伸びるんだ」などと言っていたように思う。
 少しだけ迷うそぶりを見せたあと、ゼロは視線を逸らしながら言った。

「――あ、あのさ」
「なに?」
「いつか、あんたと二機編隊組んで飛んでみたいなって思った。そんで模擬空戦やってさ、二人でハルナ二尉追い詰めようぜ! ――そんだけ! そんじゃおやすみ、センパイ!」

 歯を見せて笑ったその笑顔は、嫌味の欠片もない。
 誰もが口を揃えて言う。あれは生意気が過ぎる、と。確かにその通りだ。

「……悪魔、かぁ」

 駆け足で部屋に戻る小さな後姿を見送りながら、キリシマは壁に背を預けた。目を閉じれば、空で受けたあの衝撃がよみがえる。
 被弾したときの振動。軋む機体。鳴り響くアラート。同時に重なる、教官の声。

『ゼロには一人じゃ敵わない。けっして深追いはするな。――アレを敵に回せば、勝ち目はない。だが喜べ、あいつは味方だ』

 本当にそれでいいのだろうか。味方だからといって、学生だからといって、練習機だからといって、逃げを打つ戦い方でいいのだろうか。
 ああ、やっと気づいた。ゼロを見て、どうして既視感を覚えたのか。
 あの色は、飛行樹の色だ。空に溶ける深緑。
 彼は、翼そのものだ。

「……ちょっと、悔しいなぁ」

 だってあの子は、自分よりも先にあの人に並ぶ。
 誰もいなくなった廊下に、小さな独り言がぽつりと落ちた。


【end】
【配布:2013.09】
【web公開:2014.1004】

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