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「ああ……、確かに。てか、そう思ったんならなんであのとき言わなかったわけ?」
「三年のキリシマ先輩が言っても聞く耳持たないのに、一年の、それも女のワカバが言って聞くと思う? ……ゼロ、分かってないでしょ。軍は縦社会だよ。腑に落ちなくても従わなくちゃいけないことなんか、山ほどあるの。司令官が使えないと現場が苦労するっていうすっごくいい例だよ、これ」

 最高学年という驕りで構えていた四年生達に頼る気など、もはやもうない。彼らの指示は耳を汚すだけだ。いっそ無線を切ってしまいたいほどだった。どちらにせよワカバ達には「逃げろ」だけしか言ってこないので特に気にする必要はないが、苦労するのはキリシマら三年生だろう。
 そうこうしている間に、無線機からキリシマの声が聞こえてきた。どうやら二人を一度に確保したらしい。それに喜ぶ余裕などこちらにはないというのに、次の指示を与える四年生の声は弾んでいる。
 それから僅か十分も経たない間に、こちら側の三年生が一名、四年生が一名、相手側の捕虜となった。

「……ほんっと使えない」
「これからどうする?」
「ワカバ達は好きに逃げ回っていいって命令だったでしょ? 遠慮なくそうさせてもらう」

 この現状から見て、組み合ったところでワカバ達が敵う相手ではない。ここはひたすら身を潜ませている方が賢明だ。とはいえ、こちらの残りは四名、向こうは六名だ。このままでは負けることになる。
 そう思った瞬間、言葉には言い表しにくい感情が胸の底でとぐろを巻いた。――私情は殺せ。くだらない負けん気で戦況を掻き乱すな。深呼吸を繰り返して頭を冷やすワカバに、ゼロがそっと耳打ちしてくる。

「俺達もこのまま突っ込む?」
「はあ!? どうせ捕まるのがオチ! ――役に立てないのは悔しいけど、向こうの数を減らすのはキリシマ先輩に任せようよ。ワカバ達はとにかく最後まで、」

 瞬間、ちりりとうなじを焼いた気配に、ワカバの声は喉の奥へと引っ込んだ。隣のゼロを全力で突き飛ばし、自らもその反動を利用して地面を転がる。バーチャルとは思えない硬さの石が戦闘服越しに肌を抉った。目の前で地面が爆ぜる。舞い上がった土埃が目を襲うよりも先に腕で薙ぎ払い、ワカバは手にした拳銃を構えて身体を起こしていた。
 軽やかな口笛が鼓膜を叩く。
 銃口同士が視線を絡ませ合う。その向こう側にいた人物は、星の光を纏った黒猫だった。

「やっぱりスゴイね、キミ。ダーリンよりずっと強いんじゃない?」
「げっ、クソ猫……!」

 地面を転がったゼロが、腹這いのまま唸った。そんなことはどうでもいい、早く銃を抜け。彼は一人か。他に敵は。全神経を研ぎ澄ませ、ワカバは周囲を探った。実戦ではないと分かっていても、緊張から冷や汗が噴き出る。

「あなた一人? 余裕だね」
「さっき、相棒がワンちゃんに捕まっちゃってね。一人じゃ寂しくってさ。キミが遊んでくれるかい?」

 肩を竦めたヘルは、からかうように銃口を揺らして笑った。そんな風に笑っていると、ますます猫のように見えてくる。
 星屑を集めて固めたようなまばゆい金髪、翼を広げて飛びたいと思わせるスカイブルーの瞳。こんなにも綺麗なのに、その綺麗さに惹かれて手を伸ばすと、すべてを黒く塗りつぶす闇に囚われる。
 待ち構えるのは研ぎ澄まされた爪と牙だ。

「……じゃあ、ここであなたを捕まえたら同数ってことだよね」
「へえ? できるのかい?」
「手加減してくれる?」
「もっちろん。ベッドの上でなら喜んで」

 ヘルがおどけた調子で腰を曲げたタイミングで、ワカバはまっすぐに右の拳を突き出した。拳銃はすでに左手に握り替えている。
 あっさりと拳は受け止められたが、一瞬で距離を詰めたワカバにヘルは驚きを隠せない様子で目を瞬かせていた。それは彼の向こう側にいるゼロも同じだ。そんな暇があるのなら、さっさとこの男の足を撃ち抜いて戦闘不能状態にしてくれればいいのに。
 愚痴を零す暇もなく勢いよく膝を繰り出したが、しなやかな動きで避けられる。不本意だが、無駄のない筋肉によってもたらされるその動きはとても綺麗だ。

「――ワカバ、そういう冗談大ッ嫌い」

 作り慣れた満面の笑みを顔に貼りつけて、構えた薬銃の引き金を引いた。相手が避けた先に飛び込んで足を振り下ろす。その頃にはゼロも参戦し、二対一の構図が出来上がっていた。

「俺は本気だっていうのに、つれないね。こんなにカワイイおててで戦うのかい? ケガしたらパパとママが泣いちゃうよ」
「それくらいで泣くような人達なら、ワカバ今ここにいないから大丈夫!」

 二対一でも互角、あるいはそれ以上の動きを見せるこの男が憎たらしい。これでワカバと同い年だというのだから、己の不甲斐なさに臍を噛んだ。
 ゼロもワカバも、体力がある方ではない。長期戦になれば不利だ。ただでさえ、突然の出来事に頭と身体が上手く連携しきれていないのだから、短期決戦で決めるしかない。


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