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「きみはいつになったら素直になってくれるわけ?」
「素直すぎるって文句言うてきたんどこの誰よ」
「“恋人”以外には素直すぎるよね、ほんと。すっごい妬ける」
「だから、別にっ」
「そんなに俺とくっついてるの嫌?」
ナガトの前髪が、奏の額をくすぐる。
そんなにまっすぐ見つめないでほしい。投げ出した手をわざわざ握らないでほしい。そんなことをしなくても、どうしたって逃げ出せないのだから。
目を逸らせば、窘めるように名を呼ばれて引き戻される。噛みしめた唇は指先で優しくなぞられて、「切れたらどうするの」と叱られた。
そのくせ質問の答えは無言で促してくるのだからたまらない。
「……別に、嫌ってわけじゃ、ないけど」
「けど?」
「…………」
「……あのね、奏。俺はね、そりゃ、正直言えば触りたいよ。健全な男ですからね、そりゃ好きな子前にしたら抱きたいですよ。けどまあ、お前がそういうの好きじゃないならちょっとくらい我慢しようかなって思うくらいには、お前のこと好きなの。そこは分かってる?」
頷けば、「いい子」と言って額にキスが一つ。
ナガトが言いたいことは分かっている。本当はなにを望まれているのかも。自分がそういうことを、認めたくはないが怖いと思っていることも自覚している。
けれど彼は、肝心なことを理解していないから困るのだ。
「なんにもしないから、一晩お前のこと抱き締めて寝てたいんだけど。それも嫌? ――あ、ちょっと待って、やっぱ嘘。おっぱいくらいは触るかもしれないけど、ゴメンそれは許して」
「……嫌」
「よし分かった、二の腕で妥協する! 妥協するから!!」
「嫌や」
「お前ねぇ!」
苛立ちと嘆きが混ざったような声を上げたナガトに、奏は勢いよく腕を伸ばした。首の後ろに腕を回して、力任せに引き寄せる。慌てて肘をついて体重を支えたようだが、それでもお互いの身体がぴたりと密着した。
どくどくと早鐘を打つ鼓動は、きっと彼にも伝わっているだろう。
もう嫌だ。女性経験は豊富なんじゃないのか。奏の知らない、見たこともないテールベルトという国で、たくさんの女の子を相手にしてきたんじゃないのか。だとしたら、この気持ちにもさっさと気がついてほしい。
「奏?」
「……あんたが、よくても、」
「え? ちょっとなに、聞こえない」
「……あんたがよくても、あたしが、あかんの」
「駄目ってなにが、――って、え、ウソ、まさか」
身体を起こそうとしたナガトを、渾身の力で封じ込める。今顔を見られたら、確実に羞恥心で舌を噛み切る自信があった。
顔のすぐ横から、ナガトの吐息が聞こえる。首に回した手が、彼の脈を感じ取った。
「ねえ、奏」
だからどうして、そんなにも優しい声を出す。
アカギのようにぶっきらぼうでいてくれたら、こちらも喧嘩腰に対処できるのに。
幸せだと言わんばかりの甘い声。喉を鳴らしてすり寄る猫のように、ナガトは奏を呼んで頬に唇を寄せてくる。
甘えるようでいて、この男はひどく甘やかしてくるから苦手だ。ただでさえ甘ったるいケーキに、それこそシュガーパウダーをこれでもかと降らせるほどに。
「お前、ほんっとかわいいね」
「……そればっか」
「だって事実だから。かわいいものは思いっきり甘やかしたいんだけど、いい?」
「はあ?」
少し腕を緩めれば、幸せそうに微笑んだナガトの顔が見えた。
額、瞼の上、鼻の頭、頬、唇の端と、満遍なくキスが落ちてくる。
「どうしようもなくお前が欲しいんだけど、くれる?」
「……アホちゃう?」
「知ってる」
「手つきエロい! やらしい! ちょっ、どこ触って……!」
抗議の声は唇に飲まれた。
髪を梳く指先の熱に、心地よい痺れが全身を駆けていく。啄むような口づけを何度も交わし、口角を擦り合わせて僅かに浮かせた唇が、絡め取るような睦言を紡いだ。
「愛してる」
引き絞られた胸は、喉の奥と連動して言葉を奪う。熱くなった瞳の奥を誤魔化すように、奏は再びナガトの首に腕を回した。
今はまだ、言葉にせずとも許される。けれどそのうち、甘えたがりの彼は聞きたがるに違いない。
そのときの自分は、素直に言葉にすることができるだろうか。
ありったけの優しさで首筋を撫でる指先に、降り注ぐ視線に、奏の吐息はあっさりと震えた。
「……もう、好きにしたら?」
――それは確かに、自分の望みでもあるのだから。
砂糖にまみれて眠る夜も、きっと幸せに違いない。
(2014.0818)