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 顔を赤くしてウーロン茶をがぶ飲みするハルナとは裏腹に、ヒヨウは真剣な顔でそう答えた。下世話な話はハルナよりもヒヨウとする方が多かったので、スズヤも切り出すのになんの抵抗もない。
 顎に手を当てて熟考する彼女の頭の中には、カサギの姿が浮かんでいるのだろうか。

「あー……想像はしてみた、が」
「したのか!?」
「上手くできない。実際寝てみないことには分からんな」
「じゃあ試しに一回ヤってくれば?」
「スズヤ!!」

 赤くなったり青くなったり忙しいハルナの頭にジョッキを置いてテーブルに沈め、スズヤは赤いプチトマトをヒヨウの唇に押しつけた。ふに、と柔らかく唇に沈むプチトマトが、そっと口の中に呑まれていく。
 自分で切っているせいで悲惨なことになりがちの髪は、柔らかな木肌を思わせる深い茶色だ。瞳は黒。どこにでもありがちの配色だが、ヒヨウの瞳には力強さがある。

「結局は、ヒヨウがどうしたいかって話だよ」

 それまで慌てふためいていたハルナも、落ち着いた声音で「ああ」と同調してきた。何度か視線を泳がせて、ヒヨウが溜息を吐く。

「それが分からないから、相談してるんだ……」
「だからといって、もう逃げてやるな。それは相手に失礼だ」
「分かってる。明日、ちゃんと返事をする、つもり、なんだが……」

 真剣に忠告するハルナも、いつかヒヨウと同じ相談をすることがあるのだろうか。そこまで考えて、スズヤは笑いを噛み殺しつつ首を振った。ありえない。彼は自分が言った通り、「そんな風には見れない」と大真面目に返答するのだろう。それが本心ならば、それ以外の言葉で飾ることはないのだろう。
 スズヤから見れば、ハルナもヒヨウも痛いほどにまっすぐだ。それでも、男と女で根本的な違いがあるのだろう。こういうときのヒヨウの「まっすぐ」は男達には理解できない。
 性別など関係なく騒いできた。これからもずっとそうだと思っていた。だが、いつかヒヨウが結婚し、子どもを産んで母になる日が来るのかもしれない。そうなれば、彼女は飛行樹から降りるのだろうか。軍からも去ってしまうのだろうか。そんな日が来ることを考えたこともなかった自分に、スズヤはなによりも一番驚いていた。

「もう少し気楽に考えなって。大人なんだし、試しに付き合うのもすっぱり振るのも、全部自分の判断で動けばいい。おれ達が付き合えって言ったら、ヒヨウは付き合うの?」
「それは……なにか違う気がする」
「でしょ? だから結局、最終的に答えを出せるのはヒヨウしかいないんだよ。そのための相談ならいくらでも聞くけど、おれ達に結論を聞くのは間違い」
「……スズヤが正論言ってる。聞いたかハルナ、スズヤがまともなこと言ってる!」

 照れ隠しかそれとも天然か、ヒヨウはそんなことを言ってハルナを見た。興奮気味のヒヨウの手を、ハルナが強く握り締める。テーブルの上で、大きな手が彼女の手をすっぽりと覆っていた。

「ハルナ?」
「お前が誰と付き合おうが、俺達にとやかく言う権利はない。ないが、友人として、お前の幸せを願う権利は持っていると自負している。迷うくらいならやめておけ」
「……ハルナ。あたしはやっぱり、お前を嫁に欲しい」
「茶化すな、ド阿呆が! とにかくだ、お前がどんな選択をしようとも、俺はお前の味方だ。好きにすればいい」

 ――これだからハルちゃんは。
 肩を竦めるスズヤの前で、ヒヨウはじんわりと瞳を滲ませている。唇の端にソースをつけているあたりがヒヨウらしい。

「よ、よし! 真剣に向き合ってみることにする」
「ああ、そうしろ。万が一泣かされることがあれば言え。俺がそいつを蹴り上げる」
「どっちかって言うと、相手の方が泣かされそうだけどね〜」

 なんにせよ、ヒヨウにはハルナが味方に付いているのだ。もう怖いものはない。
 そしてそれは、スズヤも同じだった。

「ま、頑張りなよ。どうなったかの報告、楽しみにしてるから」

 分かりにくく“恋”に悩む女の顔をした友人に、スズヤは残り僅かなグラスを掲げて乾杯をした。


* * *



 カサギのことはずっと弟のような存在として見ていた。手はかかるけれど、期待にはちゃんと応えてくれる後輩。女として好きだと言われた半年前、驚いたけれど不快ではなかった。今現在、そういう目で見れるかと聞かれれば答えは難しい。やはりどうしても弟のような後輩としての意識が先に立つ。
 好きだと言われることは嬉しい。そこに間違いはない。スズヤとハルナに相談して、一つの可能性も見出した。
 男女の関係になっているところが想像ができないのなら、一度実践してみればいい。

「――という結論に至った」
「あんたバカなの?」

 せっかく一晩寝ずに考えた結論を真面目に語ったというのに、カサギは汚れた喫煙所の床に膝から崩れ落ちた。今にも灰になりそうなその様子に、どうしたものかと焦りが生まれる。
 だって、どうしたって想像できないのだ。この手がどんな触れ方をするのか、そのとき自分がどう思うのか。


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