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「――と、いうわけなんだ。どうすればいいと思う」

 ヒヨウ行きつけの居酒屋に呼び出されたハルナとスズヤの二人は、料理が運ばれてくるよりも先に並べ立てられた話に食傷気味だった。相談があると言われて駆けつけてみたら、後輩に思いを告げられたがどうしましょうなどという、なんとも言い難い内容だったのだからそれも仕方がない。おまけに半年前に告白されていたことをすっかり忘れ、ずっとうやむやにしていたとあっては、言いたいことがありすぎて逆になにも言えなかった。
 同期同階同年代の三人は、酒とウーロン茶を手に三者三様の様子で刺身を囲んでいる。

「どうすれば、と言われてもな。それはお前が決めることだろう、ヒヨウ。俺達がどうこう言える問題でもない」
「うー……、分かってる、分かってるんだけどな、ハルナ。その……」
「てか、うやむやにして半年も逃げ回ってたってすごいね。鬼すぎるでしょ」
「別に逃げたつもりはなかったんだ! ただ、本当に忘れてただけで!」
「うっわ、鬼」

 けらけらと笑うスズヤが、準天然色の枝豆を一つ取り出して齧った。
 三人でこうして食事をするのは久しぶりだ。ヒヨウとスズヤは緑防大学校で同級生だった。食堂で何度か顔を合わせ、プライベートで食事に行ったことも何度かある。小ざっぱりとした性格は付き合いやすく、そう友人の多くなかったスズヤにとって、貴重な相手だったとも言える。
 そこにハルナが加わったのは、ヴェルデ基地への配属が決まってからだ。カクタスへの留学経験を持つ、空軍学校出の優秀なパイロット。噂は噂を呼び、入隊以前からほとんどの人間がハルナの名を知っていた。ヒヨウとスズヤも例外ではなく、特にスズヤがハルナと同室であると知ったときなど、二人は顔を見合わせて「どんな人間か賭けよう」と軽口を叩いて笑ったものだ。
 この三人は、周りから見れば少し奇妙な組み合わせだったらしい。男二人に女一人。緑防大出が二人に空学出が一人。特殊飛行部が二人に一般部隊が一人。違和感を見出す理由には困らなかったようだ。
 人は誰もが一緒にいる理由を聞きたがったが、本人達からすればそれは非常に困った問いだった。居心地がいいから一緒にいる。それだけでは駄目なのかと逆に問えば、でも、だって、と歯切れの悪い返事が返される。最近でこそそんな問いは少なくなったが、それでも皆無ではない。
 昔から、他愛のない話も真剣な話もしてきた。スズヤが戦闘機から降りたあの日も、傍にいたのはこの二人だ。
 その関係はきっとこれからも変わらないのだろう。漠然としつつも、そう確信できる未来がある。

「ハルナならどうする? こう……、ずっとただの部下や後輩だと思っていた相手から、急に好きだと言われたら」
「どうするもこうするも、正直に気持ちを伝えるしかないだろう。そんな風には思えないと言ってやるしかない。向こうが真剣なら、こちらも真剣に返すべきだ」

 ハルナのもっともな意見にヒヨウは肩を落としたが、スズヤは内心苦笑せざるを得なかった。鈍感同士の会話は見ていて面白いが、たまに疲れることもある。

「そんな風に見えない、思えないって、前に言ったんだ。そしたら……」
「『それじゃあ今から見てください』とでも言われたんじゃないの? なのに、半年放置してすっかり忘れてた、と。つまり、ヒヨウにとってはその程度ってコトなんじゃないの? なのになにを迷ってるんだか」
「スズヤは相変わらず鋭いな……。まったく同じことを言われた。考えてみたけど、正直よく分からん。自分が迷っているのかどうかもさっぱりだ」
「好きって言ってくれてるんだから一応キープしとこうって?」
「そうじゃない!」
「うん、だろうね。つか、ヒヨウがそんなオンナっぽいコト考えられるならお赤飯炊いてあげるよ」

 恋愛相談の相手には不向きとしか言いようがないハルナは、難しい顔でわさびを醤油に溶いている。辛いものが苦手なくせに、ほんの少し風味を足したいらしい。入れすぎるとすぐに涙目になるから、ヒヨウもスズヤもこっそりわさびを足す悪戯を仕掛けたことが何度もあった。
 冷酒を空にしたヒヨウが、頭を掻き毟りながらテーブルに突っ伏した。ハルナと比べれば遥かに華奢な、けれど一般女性と比べれば逞しい肩が、唸るたびに上下する。

「ヒヨウがなにに悩んでんのか知んないけどさ、シンプルに考えてみたら? ぶっちゃけ、カサギ一曹とヤれんの?」

 のんびりと切り出したその言葉に、ヒヨウではなくハルナが思い切り噎せた。

「あいつと? 考えたこともないな」
「なら今考えてごらんって」
「スズヤ! お前はなんの話をっ、」
「あのね、ハルちゃん。ヒヨウももういい年なの。二十七だよ、二十七。子ども欲しいならそろそろだし、それに付き合う上でヤれるヤれないは重要な話でしょうが。ヒヨウは結婚願望ある? 子ども欲しい?」
「結婚はなんとも言えないが、子どもは欲しいな」


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