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* * *



「……あれ、なんでいるの?」
「ヴァハトの野郎に待ってろって脅された」

 一度控室に戻ると、不機嫌を露わにしたニノカタが一人広報誌に目を通しながらソファに横になっていた。誰もいないからといって、さすがにこの態度はいかがなものか。ナガトの迎えが来るまでは、ワカバもここで待機が命じられている。迷った挙句、ニノカタから一人分だけ距離を開けた位置に腰を下ろした。

「……お疲れさま」

 なんと切り出せばいいか分からず、よみがえりかけた花の匂いを誤魔化すようにそう言った。これっぽっちも興味ないだろう広報誌を傍らに置き、ニノカタが身体を起こす。

「メスゴリラと関わるとろくなことがない」
「ワカバのせいじゃないもん! 大体、誰のおかげで助かったと思って――」

 違う。
 言わなければならないことは、そんな台詞じゃない。文句をぐっと飲み込み、纏わりつく熱を払うように深く息を吐く。怠そうな瞳に見つめられ、なぜか心臓が跳ねた。

「…………庇ってくれて、ありがと」
「は?」
「でっ、でも! あんなのしなくていいんだからね! ニノカタさんは民間人、ワカバは軍人なの! 本来はあんな無茶しちゃダメなんだから! ああいうときはちゃんと逃げなきゃいけないんだからね!」
「……あのな。ガキに、しかも女に庇われっぱなしとなっちゃ、男のプライドはどうなる。あの場で俺だけ逃げてみろ。世間様にどんだけ糾弾されるか知れたもんじゃねぇぞ」

 ――なんだ、世間体か。
 ほっとしたような残念なような、そんな複雑な気持ちが去来したことに唖然とした。
 違う、惑わされるな。自分はこの男を完膚なきまでに叩きのめさないといけないのだから。

「まあでも、今回はさすがに死ぬかと思ったな。生きてられんのはお前のおかげだ。どーも」
「……気持ち悪い」
「はあ!? お前、人がせっかく感謝してやってんのに、」
「助けてもらっといて上から目線ってどういうこと!? ありえないありえないありえないっ! ワカバが助けてあげなきゃぷるぷる震えてたくせに!」
「お前だって固まってただろうが!」
「う、うるっさい!!」

 うるさい。本当にうるさい。
 まるで「あの頃」のように早鐘を打つ心臓に、このまま杭を打ち込んで止めてやりたくなる。認めない。絶対に認めてなるものか。抱き締められた腕の強さも、花の香りも、きゅっと引き絞られた胸の痛みも。絶対に認めない。
 ぎゃんぎゃんと吠え立てるワカバは、背後の扉が開いたことにもまったく気がつかなかった。そして珍しく、ニノカタも猫を被るのを忘れていたらしい。
 喧騒の中、「王子様」の声が響く。

「やっぱりワカバちゃん、威勢がいいね」

 声にならない悲鳴が、部屋を満たした。



(2014.0726)


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