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 安全指定区域である自然公園は、そのほとんどが人工着色された植物で彩られている。特別浄化区域には天然の緑も存在するが、高額な入園料を支払わなければならず、一般人の手には届きにくい。気軽に訪れることが可能な自然公園では、バーベキューなどのレジャーを楽しむのにうってつけの時期になっていた。
 花が咲き、草木が揺れ、そこかしこに人々の笑声が響く。本格的な夏を目の前に、フローリストの面々で自然公園にやってきていたニノカタは、同僚のヴァハトが連れてきた人物を見てビールの入った手提げ袋を取り落としそうになった。

「ニノカタさん、おはようございますっ!」

 ぴょこんと頭を下げた少女は、輝く笑顔を振りまいてバーベキューの準備にいそしんでいる。男性フローリストは元より、女性フローリストにも愛想よく振る舞い、誰からも慕われていることはすでに明白だ。「ワカバちゃんがいると仕事がはかどる」だの「ワカバちゃんのおかげで元気が出る」だのといった耳を疑いたくなる台詞を、もう何度も聞いている。
 どうして社内イベントに部外者が我が物顔で参加しているのだろう。表面上は穏やかに微笑みながら作業に取り掛かったニノカタに、小さな悪魔はひっそりと囁いてきた。

「ワカバの情報網、甘く見ないでよね」

 ――ああもう、最悪だ。


act.6:王子様到来


 立っているだけで汗の滲む暑さの下で、ワカバは淡々と野菜を切っていた。
 このバーベキューに誘われたのはつい先日だ。カフェの窓ガラスが割られた事件の際、ヴァハトと協力して犯人を捕まえたことをきっかけに、テールベルト空軍の軍人でありヴァハトの恋人でもあるオウカと知り合った。あの日から、ワカバは相手の邪魔にならない程度に彼らと連絡を取りあう仲になっている。
 そんなオウカから、今日のことを聞かされた。なんでも本来はオウカがヴァハトと行く予定だったらしいが、緊急訓練が入って行けなくなったと言うのだ。自然公園のキャンプ場はすでに予約しているため、今さらキャンセルするのも申し訳がないとオウカは言った。ワカバがニノカタに気があると――もちろん、今となっては復讐のための狂言だが――聞かされたオウカは、親切心を働かせてこう言った。

『私の代わりに、貴女が行ってきてくれない?』

 ワカバにとっては願ってもない申し出だった。プライベートのイベントに食い込めば、それだけでワカバの印象は強くなる。職場の人間にも顔を売っておけば、あとからこういったイベントに誘われる機会も増えるかもしれない。それすなわち、あの男を落とす足がかりになる。
 予定を確認して二つ返事で参加の旨を伝え、さっそく計画を練ったのだった。フローリスト達はキャンプで一泊していくらしいが、まだ外泊許可の下りないワカバは夕方には戻ることになっている。これも事前にヴァハトにさりげなく頼み、ニノカタに送ってもらう流れになっている。
 切り終えた具材を串に刺していると、自然とワカバとニノカタが同じ作業に回された。周りからは人がいなくなっている。これもすべて計画通りだ。
 乙女の恋路を面白おかしく見守る大人達は、一致団結してニノカタをワカバの近くに置こうとする。

「……ワカバちゃん、なんでここにいるのかな」
「オウカさんの代役として、ヴァハトさんにお誘いしてもらったんです」

 誰もが自分の作業に夢中でこちらには意識を向けていないとはいえ、いつどこで見られているか分からないのに素を出すわけにはいかない。そもそも、ニノカタに会うまではたとえどこだろうと「ワカバちゃん」でいることが基本だったのだから、これくらいなんの苦もなかった。
 ニノカタの額に滲んだ汗を拭ってやれば、遠くで彼の同僚達が歓声を上げた。困ったように肩を竦めるニノカタに合わせて、ワカバも恥ずかしそうに俯く。
 こうするだけで、酒の入った人間はひどく満足するらしい。

「あっ、ワカバちゃーん。悪いんだけど、枝拾ってきてくれない? 女の子一人じゃ大変だろうから、ニノカタも一緒に。いいでしょ?」
「――ああ、もちろん。ならヴァハトも、」
「はー? これからテントのセッティングするのに、あんな貴重な男手減らそうっての? ほらほら行った行った! それじゃ、ワカバちゃん、よろしくね」
「はいっ」

 茶髪を団子状に纏めたフローリストに「頑張って」と耳打ちされながら送り出され、ワカバは気恥ずかしそうに――あくまでそう見えるように――上目遣いでニノカタを見上げた。小さく首を傾げれば、シュシュで纏めた髪が揺れる。目が合ってもニノカタはなにも言わない。口を開けば罵詈雑言が出てくることくらい、ワカバにはお見通しだった。だから彼は、今ここで一言たりとも喋るわけにはいかないのだ。
 沈黙を守りつつ山道を進んでいくと、やっとニノカタが隣で呻いた。どうやら、ここまでくれば猫を剥がしてもいいと判断したらしい。周りの様子を見回し、誰もいないことを確認してワカバも鼻で笑う。

「……お前、本物のストーカーだな」
「失礼なこと言わないでよね。ワカバが勝手についてきたんじゃないもん。ヴァハトさんに誘われたの。それに他の皆さんだって歓迎してくれてるの、ストーカーみたいな変態と一緒にしないで」

 適度に水分の抜けた枯枝を拾いながら、ワカバは小さく舌を出した。
 それにしても、こんな風に枯枝拾いができるのは安全指定区域ならではだ。残念ながら白植物がほとんどだが、安全性が確かめられているからこそ山の中を落ち着いて散策できる。そうでなければ、白植物に囲まれた山など気軽に歩けるものではない。


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