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四ヶ所ほど切り傷を作ったワカバが同級生達のところへ戻ると、彼らは皆それぞれ違う反応を見せた。明らかに一歩引いてワカバを見る者、興奮した様子で賛辞を贈る者、そして――……。
「……ワカバ」
「あ、ツツジちゃん。大丈夫だった? みんなも怪我してない?」
あの状態ではすぐ隣にいたツツジしか庇えなかった。他のみんなは無事だったのだろうか。訊ねれば、幸い誰もが無傷だという。どうやら怪我をしているのはワカバだけらしい。
こんなにもかわいいワカバの肌がガラスで傷ついたことは嘆かわしいが、これくらいなら跡も残らずにすぐに治るだろう。咄嗟にトレイで頭を庇ったのがよかった。そうしなければ、この顔に傷が残っていたかもしれない。そう思うとぞっとした。
「ワカバ、あの……、……庇ってくれて、ありがと」
唇を噛みながら悔しげに呟くツツジに、ワカバは極上の笑みを向けた。
「ううん、こんなの当然だよ!」
――だってワカバは、かわいくてとーってもいい子なんだから。
* * *
「というわけなんだけど、ねえ、これ、ニノカタさんだったら絶対無理だったよね? 絶対追いつけてないよね?」
深夜三時にコールすれば、寝ぼけたニノカタは確実に出ることがもうすでに経験から割れている。今日も無意識に端末を取ったのであろう欠伸混じりの声が返ってきたので、ワカバは一連の流れを淀みなく吐き出した。
あのときのヴァハトの瞬発力は凄まじかった。迫力もさることながら、少年らを拘束する鮮やかな手並みには目を奪われたほどだ。いつぞやのコンビニ強盗事件の際、隣で無様に震えていたニノカタとは大違いだ。
『…………お前、ヴァハトの足に追いついたのか』
「追いついてない、ワカバは抜かされたの。ヴァハトさん速すぎるよ」
『……オイ、ちょっと待て。ヴァハトより先に走り出したのか、お前』
「え、うん。それがなに?」
獣のように低く呻いたニノカタの声が、端末の向こう側から聞こえる。シーツの擦れる音も一緒に聞こえてくるから、ベッドでごろごろと寝返りを打っているのだろう。
『アイツより速く動けるって、お前どんなメスゴリラだよ……』
「はあ!? なにそれ失礼! ヴァハトさんはオウカ二曹のこと庇ってたから、その分時間がロスしたの! ワカバ、メスゴリラなんかじゃないもん!」
『ああ……、んで?』
「なによ」
『一般人のヴァハトが、軍人の彼女庇って? んで? お前は? 誰か男にちゃんと庇ってもらったか?』
明らかにからかいを含んだ声に、端末を握る手に力が籠もった。
あのとき、ヴァハトはオウカをしっかりと抱きかかえてガラス片から守っていたらしい。まるで騎士かなにかのようだったと、その場にいた同級生が熱に浮かされたような口調で語っていたからよく覚えている。
同じ軍人であるオウカは庇われ、片やワカバは同級生を庇った上で往来で大立ち回りだ。軍人としての評価はされても、女子力がどうにも足りていない。
痛いところを衝かれて唸るワカバに、ニノカタは勝ち誇ったような声で言った。
『――ま、メスゴリラにはその必要はなさそうだけどな」
「はあああああああ!? あなたが感染者に襲われてたって、絶対絶対ぜーーーったい助けてなんてやらないんだから! この腹黒軟弱眼鏡! バーーーカッ!」
本日得た敵の情報、一つ。
――相手はとんでもなく性格が悪い。
(2014.0706)