2 [ 66/193 ]

 ワカバにとって、顔と名前を覚えることは「かわいいワカバちゃん」でいる以上、なににも代えがたい必須条件でもあった。ゆえに、どれほど久しぶりだろうと、相手が誰だか分からないということにはならない。一度会えば二度と忘れることがないため、これはある種の特技とも言えるだろう。
 ワカバを窓際の席に案内し、甲斐甲斐しく飲み物の世話を焼いてくれる男子達に極上の微笑みを返していると、突き刺さるような視線をすぐ隣から感じた。耳の後ろの辺りに、ぴりっとした電流のような感覚が走る。

「ワカバってぜーんぜん変わってないよねー。ちっちゃくてかわいくて、みんなのアイドルって感じー。ちやほやされて羨ましーい。あたしもワカバを見習おっかなー」
「ツツジちゃん? わ、なんだか印象変わったね。すっごく大人っぽい!」

 ――っていうか化粧濃い。ケバイ。ファンデ塗りすぎ、チーク濃すぎ、睫毛に毛虫つけてるの?
 黒一色で露出の激しい服装に身を包んだツツジは、明るく染めた髪を大きな団子状に纏めていた。卒業以来一度も会ったことはないが、在学時にはなにかとワカバと張り合おうと突っかかってきた同級生だ。当時は清楚系の服ばかり着て系統が似ていたように記憶しているが、知らない間に路線変更していたらしい。
 シロップを三個は入れたらしいミルクティーを音を立てて啜り、ツツジはけらけらと笑った。すかさず隣の男子が「お前は男っぽすぎて無理だよ!」と茶々を入れる。
 ――なるほど、そっち路線か。
 ただの「かわいい」で進むには、彼女のレベルは少々足りなかったらしい。男勝りでざっくばらんに振る舞い、付き合いやすい友達として存在する。それがツツジの選んだ道のようだ。だったらワカバに突っかからず、心の広い姉貴分として振る舞うことをオススメするが、そう割り切れない辺り彼女は詰めが甘い。

「なあ、ワカバって今どこの高校行ってんの? 中学も校区違ったから、知ってる奴ぜんっぜんいなくってさぁ」
「ワカバのことだから私立とか行ってるのかなーってさっきも話してたの! お嬢様学校とか行ってそうだよねーって」

 きらきらと目を輝かせる同級生達を前に、一瞬どう答えるべきか迷った。ここにいるのは、全員高校生だ。制服を着て、毎日決まった時間に学校に通う。それは同じはずなのに、ワカバとは決定的になにかが違う。

「あ、えっと、今ね、TVAFA(トヴァファ)に通ってるの」
「TVAFA?」
「え? ――あ、そっか。テールベルト空軍学校だよ。ヴェルデにあるでしょ?」
「うっそ、空軍学校!? ワカバが!?」
「お前、軍人になるのかよ!」

 途端にギャアギャアと大声で騒ぎだす同級生達に、静かにしろと怒鳴りつけたい衝動を必死に堪えて唇に指を当てる。「声がおっきいよ」と忠告したが、彼らの興奮は冷めやる気配を見せない。それどころか誰もが身を乗り出して、ワカバを検分するかのように凝視してきた。頭の天辺から足の先まで舐めるように見られる。
 誰に言ってもこの反応だ。学内ですら、ワカバが空学生であることを信じられずこのような視線を向けてくる者もいる。それがなにも知らない同級生ともなれば当然のことだろう。

「えー、ワカバこーんなにかわいいのに、軍人なんてできんのー?」
「ツツジの方がよっぽど似合うよな! 銃とかバンバン撃ってそう!」
「あはっ、じゃああたしも軍人めざそっかな。あんた達はあたしが守る!、みたいな?」
「ツツジかっこいー!」

 はしゃぐ同級生達とは裏腹に、ワカバの頭はどんどんと冷えていく。
 そんな長い爪でなにができるの? 泥にまみれたことある? 銃の反動がどれほどのものか知ってる? コックピットに叩きつけられる衝撃は?
 ――守るために傷つけるものがあるってこと、知ってる?

「ワカバね、このまま航空会社への就職を目指そうかなぁって考えてるの。空学出っていってもね、結構そういう人多いんだよ。ツツジちゃんの言うとおり、ワカバには軍人ってちょっとハードだから」

 そう思っているのは事実だ。このまま軍人として働くのではなく、民間の航空会社への就職を考えている。客室乗務員か、もしくはパイロットの免許を取ってもいい。旅客機なら、あんな過酷なGの世界に身を置くこともないだろう。
 将来への展望を語るワカバに、同級生達は若干唖然としたように一瞬押し黙った。沈黙はすぐに弾け、喧騒に変わる。

「すっごーい! ワカバ、もうそんなこと考えてるんだ!? だって私達まだ十六だよ? 就職とかまだまだ先じゃん」
「すっげぇなー。え、つーか、ワカバって今、飛行樹を運転したりしてんの?」
「うん。でも今は練習機だけだけどね。まだ一年生だからフライトシミュレーションが主だけど、飛行樹の操縦もプログラムにあるよ」

 そこからはすごいすごいの大合唱だ。誰もが珍しがって様々な質問を投げてくる。中には意図せず失礼極まりないものもあったけれど、笑顔で流すだけのスキルは身についていた。


[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -