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「行きますよ。――おいで」
「俺の息子的にはいつでも臨戦態勢なんでむしろ大歓迎なんですが、でもあの、俺もシャワー、」
「どうせ訓練後に浴びてきたんでしょう。石鹸の匂い、してますよ」

 頭に顔を寄せてすんと嗅げば、爽やかなシャンプーの香りが感じられた。そこに汗臭さはない。「立ちなさい」命じれば戸惑いつつも従順に後ろをついてくるタイヨウを連れ、寝室の扉を開ける。枕元には読みかけの本が数冊詰まれており、シーツは朝のままだから少し皺になっていた。

「あの、電気……。いや、俺はいいんですけど、むしろ見たいんでいいんですけど、明るいままで大丈夫ですか」
「見たいんでしょう? なら、このままで構いませんよ」

 期待に揺れる瞳を見上げ、優しく微笑んだ。タイヨウの瞳が色を変える。その瞬間、空気が変わったのを肌で感じた。引き寄せられた身体は強く抱き締められ、タオル地の布越しに彼の逞しい肉体を感じる。耳元に寄せられた囁きはムサシに与えられた記号を熱っぽく伝え、彼が秘める想いの深さを一言に集約して語った。
 大きな手が顔から眼鏡を抜き取るのを、今度は止めはしなかった。瞳は開けたまま、抵抗もせずに彼の好きなようにさせる。額に、瞼の上に、頬に、唇の端に。次々と口づけられるが、やはり唇には降ってこない。妙な遠慮に笑えば、それを合図にしたかのように唇を奪われた。
 熱い手のひらが頬に触れ、耳朶を指先がくすぐる。最初は触れるだけだった口づけが、次第に深さを増していった。ねだるように舌先で唇を撫でられ、そっと唇を割り開く。滑り込んできた熱は何度も触れ、貪るように口づけられた。自然の摂理で呼吸が上がる。
 長い間重なっていた唇が離れ、今度は濡れたそれが首筋に移動した。耳の付け根を軽く吸われ、くすぐったさに身を捩る。

「――好きです、司令」

 弾む呼吸に混じる掠れた声が、脳を直接震わせる。
 性急な手つきでバスローブの腰帯を解いた手が、しっかりと重ねていた合わせ目を開いた。肩から抜けたバスローブが、足元にぱさりと落ちる。首筋に顔を埋め、舌を這わせるタイヨウはまだ気づかない。
 そうなるのが当然というような流れで深い藍色のシーツに押し倒されたとき、己を組み敷く青年の表情から一瞬にして熱が引いたのを見た。絶望か、驚愕か、それとも嫌悪か。彼の胸に去来した感情はなんだろうか。
 藍に散る白は、さぞ映えることだろう。煌々と部屋を照らす照明の下、一糸纏わぬムサシの身体はタイヨウの目にもはっきりと見えるはずだ。手首を縫い止める彼の手が、僅かに震えた。言葉なく硬直する青年に、わざとらしく首を傾げてやる。

「どうしました?」
「しれ、い、……これ、」
「ああ。びっくりしちゃいました? 確かこれが鋏で切られたときのもので、こちらは焼けた鎖で縛られたときのもので、それから――……」

 白い肌に浮かんだ醜い傷跡をなぞりながら、思い出せる範囲で解説してやる。青褪めたタイヨウが、覆い被さっていた身体を起こして呆然と見つめてくる。
 ――可哀想に。
 浮かんできた笑みを隠さぬまま、ムサシは膝を立て、足を広げた。挑発するように内腿を指先でなぞり、視線を誘導する。腿の付け根で手を止め、とびきり甘い声音で囁いた。

「そしてこれが、“ムサシ(私)”の始まりです」


* * *



 昔から、綺麗なものが好きだった。
 人も、物も、すべて。
 綺麗な、ものが。


 抱き締めた身体は男の骨ばった硬さはなく、けれど女の溶けて消えそうな柔らかさでもなかった。タイヨウからしてみればひどく華奢な身体からは甘い石鹸の香りが匂い立ち、熱情を煽る吐息に頭がおかしくなりそうだった。
 これは夢だろうか。
 あれだけ追いかけても振り向きもしなかったムサシが、どういう気まぐれか自宅にまで招いてくれた。しかもそういうお許しつきだ。自分を抑える必要もない。
 触れていいものか最後まで迷った唇は、その葛藤を汲み取ったらしいムサシに笑われた瞬間、気がつけば食らいついていた。想像よりもずっと柔らかいそれに酔い痴れ、本能のままに動く。
 細腰を絡める邪魔な帯紐を引き抜き、白い首筋に舌を這わせながら名を呼んだ。笑うばかりでなにも返してくれないけれど、それでもいい。この腕の中にムサシがいるという、それだけで十分だった。
 大きな藍色のベッドに押し倒し、手首をシーツに縫い止めて身体を起こした。面白そうにこちらを見上げる瞳から、初めて見るその身体に視線を滑らした瞬間、――すべての機能が、一度強制的にシャットダウンされたのを自覚した。
 声が出ない。なにも考えられない。これはいったい、なんだ。
 雪よりもなお白い肌に刻まれた、無数の傷跡。焼け爛れたようなものもあれば、引き攣れたようなものもある。皮膚がごっそり削り取られたかのような痕、切り傷で刻まれた文字のようなもの、醜く盛り上がった皮膚。鎖骨から下は、全身余すことなくそれらの痕で染められていた。


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