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「お前、ほんっと懲りねぇな。興味本位で近づくにしても相手を選べ」
「あー……」
「相手は基地司令だぞ。そりゃ物珍しいかもしんねぇが、」
「相手がどんな人だか、選ぶ前に惚れたんで」

 ソウヤの瞳が丸くなる。そうするとまるで小さな子どものように見えて、「味見したいなぁ」と思った。ソウヤの整った顔立ちも好みの部類だ。

「惚れた相手がたまたま基地司令で、たまたま“人とは違う体質”だったってだけです」

 男でも女でもないという身体がどんなものなのか、タイヨウにはよく分からない。そういう珍しい生まれつきの病気らしいが、相手が相手なだけに具体性を欠いていた。性別の問題だけでなく、ムサシの身体は「年を取らない」のだそうだ。それはハインケルの薬による影響だと聞いているが、確かに彼はヴェルデ基地に着任したあの日と変わらぬ見た目で今もここにいる。
 普通の人とはなにもかもが大きく異なっているけれど、それはタイヨウにしてみれば関係のないことだった。それらの要素が組み合わさってムサシという人物を構成しているのは明らかだが、男だろうと女だろうと、年を取ろうと取るまいと、そんなことはどうでもいい。
 床に座ったままソウヤを見上げれば、呆れたような目つきでタイヨウを見て大きな手を伸ばしてきた。殴られるのかと期待したが、期待に反してその手はタイヨウの頭に痛みなく降ってくる。そのまま乱暴に掻き回され、最後に軽く叩かれた。

「ほどほどにしとけよ」

 それだけを言い置いて去っていく後姿は、女性隊員達が騒ぐのも納得のかっこよさだ。一晩くらいどうにかならないものかと思案してみたが、体格的にはともかく格闘技術的に組み敷くのはなかなか難しそうだ。
 尻が冷えてきた頃、仲良くしている美人女性隊員に声をかけられたのをきっかけに、ようやっとタイヨウは立ち上がった。


* * *



「ムサシ司令!」
「――君は本当にしつこいですねぇ」

 数年前から飽きることなく纏わりついてくる隊員に、さしものムサシも溜息が漏れた。どれだけ冷たくあしらっても食らいついてくるその根性は認めるが、こうも毎日続くといい加減にうんざりしてくる。物珍しさから誘いをかけてくる連中は腐るほどいたが、ただの一隊員に構ってやる義理などないからずっと放置していたらこのざまだ。
 直球で「一晩どうですか」と打診してくる潔さには感心するが、だからといってほだされるわけもなかった。

「司令、好きです。愛してます。今すぐ突っ込みたいくらいに」
「君はそのお口さえ閉じていたら、いい子なんですけどねぇ」

 昼間は無口なくせに、日が暮れると饒舌になるこの仕様はいったいなんなのだろう。ムサシが絡めば昼間でもよく喋るが、なんにせよ鬱陶しいことこの上ない。あれよあれよと人目につかない通路の隅に追い込まれたムサシは、切れ長の瞳を見上げて溜息を吐いた。
 長身で肩幅もあり、体格は軍人としても男としても上等だ。襟足が長めのウルフカットの髪型が、とてもよく似合っている。髪と瞳は揃いの黒。――ああ、あの人と同じですね。そんなことをふと思った。
 気がつけば壁際に追い込まれ、圧迫するようにタイヨウの身体が迫っていた。硬い指先に耳をなぞられ、こめかみから差し込まれた手のひらが地肌を滑っていく。

「ムサシ司令」

 良い声だ。そこは素直に褒めてやろう。
 耳朶をくすぐる吐息に、小さく笑みが零れる。たかだか三尉が基地司令をどうこうしようとする、その心意気もあっぱれだ。
 たいして抵抗もせずにされるがままになっていたら、前髪の生え際に唇が寄せられた。「すきです」その声の響きに、苦笑が漏れる。

「タイヨウくーん。君の遊び相手は他にもたくさんいるはずですがー?」
「遊びと恋愛は別です」
「私、女の子じゃありませんよー」
「どちらでも問題ありません。人間、穴は一つじゃありませんから」
「真面目な顔して最低なこと言ってますけど、自覚ありますか?」

 こめかみに、旋毛に、頬に、幾度もキスが落とされる。それでも決して唇に触れようとはしないそれに、他のどんな感情よりも呆れが勝った。眼鏡を外そうと伸びてきた手首を掴み、可動域とは真逆に捻って関節を固め、その長躯を床に転がした。
 きょとんと見上げてくる頬に手のひらを添えて、彼が「かわいい」と評する微笑みで迎えてやる。関節を固める手の力は緩めない。むしろ強めてやれば、さすがに痛んだのか眉が寄った。

「タイヨウくん、お仕事終わってからお酒飲みましたか?」
「え? いいえ、飲んでません」
「でしたら運転できますね。行きますよ」
「行くって、どこに……」

 手首を掴む手にさらに力を込めると、タイヨウの唇から小さく息が零れた。

「私の家ですよ。――ここの一室でもいいんですが、なにかあるとややこしいですからねぇ」
「え、あの、……え?」
「来るんですか、来ないんですか。はっきりなさい」
「行きますっ!」

 驚愕に見開かれた瞳が、途端に嬉しそうに色を変える。立ち上がればムサシよりも遥かに背の高い彼は、機嫌よく肩を抱こうとしてきたので素早くその手を打ち据えた。
 喜色満面の笑みを湛えてついてくる姿は、これから待ち受ける現実を知らない哀れな子どもそのものだ。彼は確か二十五くらいだったろうか。見た目こそムサシよりも年上に見えるが、中身は比べるまでもなく若い。


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