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片貝の思慕


 昔から、綺麗なものが好きだった。
 人も、物も、すべて。

 幸いにも裕福な家庭に生まれ、両親ともに造形に恵まれていた。生まれたときから美しいものばかりを見てきたから、その趣向も必然だったのかもしれない。高価な美術品も、生花も、服も、周りにあるものすべてが輝いて見えた。樹木医の両親は毎日忙しく、そう顔を合わせることはなかったように思う。一人っ子だったタイヨウの傍には整った顔立ちの使用人が一人ついていて、彼が兄代わりになって面倒を見てくれていた。
 初恋は初等部のときだ。保健室の先生に恋をした。彼女もまた美人で、けれど厳しくておっかないというのが同級生達の評だった。怪我をしたわけでもないのにあれやこれやと理由をつけては保健室に乗り込み、そのたびにきつく叱られて叩き出されるのが日課となっていた。
 中等部に上がった頃からぐんと背が伸び、大人に近づくのが人より早かったように思う。その頃から次第に周りに人が増え始め、「大人」に憧れを抱く女子に囲まれることが多くなった。それは高等部に進むとより顕著になり、様々な理由に加えて「樹木医の息子」という立場が持つ付加価値についても気づかされた。
 鏡を見ても、自分の顔立ちが特別美しいとは思わない。けれどどうやら、長身で金持ちの息子であるというだけで、外見の得点も上乗せされるらしい。おかげさまで遊びには困らなかった。連日夜遊びをして帰ってくるタイヨウに、幼い頃から傍にいた使用人が苦言を呈し始めたのもその頃だ。彼はそのとき三十代に差し掛かろうとしていたが、相変わらず美しかった。
 ある日、家に帰るなり、乱暴に腕を掴んで部屋に引きずり込まれた。さすがに言うことをきかない我儘坊ちゃんに痺れを切らせたのかと思っていたら、絞め殺さんばかりの勢いで抱き締められて、唖然としたのを覚えている。震えながら吐露されたのは「言うつもりはなかった」と何度も前置きされた思いの丈で、綺麗な顔に浮かんだ苦難の表情に胸の奥がざわついた。
 そしてその日から、自分の中で、そういった対象に性別が関係ないことに気がついた。
 そのことに気づかせてくれた使用人は、思いを告げた翌日に辞めてしまったけれど。
 高等部を卒業後、進学はせずに空軍に入隊して家を出た。両親は特になにも反対しなかったので、話し合い自体はとてもスムーズに進んだ。どうやら自分にはそれなりに才能があったらしく、とんとん拍子に昇級して尉官になり、特殊飛行部に配属されるまでになった。
 その間、男女問わず様々な人と遊んできたように思う。口を開けば人畜有害と言われるようになったのはいつの頃か。それは覚えていないのに、あの人に出会ったときのことならばはっきりと覚えている。
 入隊三年目。士長になったタイヨウの前に、あまりにも美しい「白」が現れた。壇上で穏やかな笑みを浮かべながら基地司令着任の挨拶を述べた彼は、一見すれば女性にしか見えない小柄な身体で完璧な敬礼を見せ、「尽くしなさい」と言ったのだ。
 ――手に入れたい。そう思った。



「ムサシ司令、今夜飯でも行きませんか。こことかオススメです」
「あからさまにホテル街の近くを選ぶところは嫌いじゃありませんよ。ですけれど、お呼びじゃないので出直してらっしゃいな」

 薄く色のついた眼鏡越しに、柔らかく瞳がしなるのを見た。その穏やかな口調と表情とは打って変わって、放たれた言葉の内容はよく切れる刃物と同等の効果を持っている。
 追いかければ追いかけるだけすげなくあしらわれ、そのあしらい方が好みのど真ん中を射抜いてくるので堪らない。どれだけ好きだと告げても笑顔でばっさり切り捨ててくる彼は、タイヨウにとってまさに理想の相手だった。目鼻立ちだけで言えば、ムサシより上等な者など山ほどいる。けれど、あの色は他にはない。
 透けるような白い肌は薄い皮膚の下に確かな血潮を滲ませており、陶磁の人形の肌とは比べ物にならない生命力を感じさせる。瞳を縁取る睫毛すら白く、輝く白い髪は毛先が緑に染められていた。白に込められた緑への思い。言葉にはせず、彼はそれを語る。
 なによりも美しいと思った。今まで見てきたどんな人や美術品よりも、ずっと。

「ムサシ司令、それじゃあ飯はいいんでホテルだけでもどうですか」
「その潔さは認めますが、寝言は寝てから言いましょうねぇ」
「それってつまり、俺の寝言を聞いてくれるってことですか」
「ソウヤくーん、この子回収していってくださーい」

 ムサシが笑顔で手を鳴らしたかと思えば、同じイセ隊の上官であるソウヤがすぐさまタイヨウの襟首を引っ掴んできた。そのまま容赦なく引きずられて息が詰まる。その苦しさがいいと漏らせば、即座に廊下に放り出されてしまったけれど。
 青い瞳が冷ややかに見下ろしてくる様は、下から見上げるとまさに圧巻だった。ここで踏んでくれたら文句なしだが、聡明な彼はその行動がタイヨウを喜ばせるだけと知っているので、そう簡単に踏んではくれない。今にも蹴り転がしたいとありありと語る眉間の皺を見つめていると、彼は盛大な溜息を吐いて頭を掻いた。


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