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 すっかり戦闘装備を整えた二人は、空路と陸路を確認して静かに額を突き合わせた。薬剤を散布する役目はミーティアに任せることにして、今の自分達の最優先事項は穂香を救出することだ。「親」を引き寄せるためには、今ここで彼女を失うわけにはいかない。

「どうやって行く? 空にはヘリが四機、地上は見た通り。上から行くしかないと思うけど、飛行樹じゃ見つかるからアウト。艦だとグラウンドには着艦できない」
「だったら屋上に降ろすしかねェだろ。透明度も遮光度も出力全開にして突っ込むぞ」
「あんっなせっまい、しかもコンクリの上に降ろす気!? 音は消せても衝撃は消せないんだぞ!?」
「じゃあ他にどうやって行くんだよ!」

 唇を噛んだナガトが、乱暴に計器を弄った。
 ぐんっと足元から衝撃が伝わり、艦全体が大きく揺れる。浮上したのだ。すぐさまアカギもフォローに入る。慣れたはずの作業なのに、頭で考えると次にどのボタンを押せばいいのか分からない。身体が勝手に動くのに任せて、乾いた唇を舐める。
 警告音。これで外からこの艦は見えなくなっただろう。モニターに映し出された校舎の屋上には多くの段差がある上に、もう使わなくなったのであろう机やロッカーやらが放置されていて、とてもじゃないが着艦に最適の場所とは言えない。
 それでも、あの建物内に侵入するにはこうするより他になかった。――他のベテラン隊員ならばもっとより良い方法を思いつけたのだろうが、二人はまだ、経験の浅い新人でしかなかったのだ。

「アカギ、思いっきり突っ込むからしっかり掴まっとけよ! 煙に紛れて中入るぞ!」
「了解! 落とすんじゃねェぞ!」
「誰に口聞いてんだっての!」

 切羽詰まった顔に無理やり余裕を貼りつけて、ナガトはぐっとレバーを引いた。急浮上から急降下を強いられた艦体が、空気を切るように悲鳴を上げる。このくらいで根を上げるような軟な造りをしていないので、悲鳴のように聞こえたのは自分達の不安がそうさせたのかもしれない。
 今まで、こんな経験をしたことはなかった。訓練ですら、たった二人で集団感染の場に突入することはなかったのに。
 様々な土色を混ぜた戦闘服の胸元で、翼とスズランを模した徽章が輝いている。白を駆逐するテールベルト空軍のマークは、なぜか白くて愛らしいスズランだ。その理由を知ったとき、アカギは胸が震えた。
 花言葉は、「幸福の再来」。
 この白い花を、再び純粋な目で楽しめるように。愛らしいと、心から思えるように。白に隠した毒で、白を制する。
 ――再び来たる、幸福のために。

「行くぞっ!」

 ナガトが吠え、凄まじい衝撃が身体を襲った。ガガガガッと削られていくコンクリートの音が振動と共に伝わり、モニターいっぱいに粉塵が立ち込めている。揺れが収まる前にシートベルトを外し、二人はハッチを目指した。
 きっと今頃、空を飛び交うヘリコプターに乗っている報道陣は目を丸くさせ、鼻息を荒くさせていることだろう。爆発でも起きたと思っているに違いない。
 向けられる数々のカメラを掻い潜るべく、この煙が消える前に校舎内を目指す必要があった。外に出た瞬間、粉塵が視界を白く染め上げる。ゴーグルがなければ、目の痛みに動けなくなっていただろう。ナガトの手信号で走り出した先には、ひしゃげた扉が無残にも横たわっていた。それを踏み越えて校舎内へと侵入する。慎重かつ迅速に一階分降り切ったところで、アカギは大きく息を吐き出した。
 自信満々に豪語しただけのことはあって、ナガトの着艦は見事なものだった。無駄な時間を一切かけることなく侵入することができたのは、彼の技術の賜物だ。

「それじゃ、ほのちゃん探そうか。電話繋がる?」
「今かけてる。――繋がった! オイ、無事か!?」
「バカ、声がでかい!」

 インカムをぐっと耳に押し付けて、雑音混じりの声を聞きとろうと必死に意識を集中させた。くぐもった泣き声が聞こえる。応答できたということは、感染の危機はないらしい。
 嗚咽に混じって、弱々しい声がアカギを呼んだ。ああそうだ、俺だ。返事をしてやれば、ますます嗚咽が大きくなる。

「落ち着け。今、助けに来てる。お前はどこにいる?」
『ひっ、う、アカ、アカギ、さ、っ』
「ああ、俺だ。聞け。今、お前の学校にいる。いいか。お前を、助けに、来てる。分かるか? 分かったら返事しろ。難しいことは考えんな」
『はっ、は、い……』

 言葉を覚えたての幼子に話しかけるように、はっきりと言葉を区切って伝えれば、ようやっと穂香はこちらの言葉にまともな返事を返してきた。それでも泣きじゃくる声は収まることなく、相当追いつめられているのだと知る。
 音声を共有しているナガトも、その痛々しい声音に眉を顰めていた。

「今、俺達は、屋上の近くにいる。上がってこられるか?」

 より一層大きくなった泣き声が、「むり」だと言った。

「よし、分かった。なら、俺達がそこへ行く。お前は今、どこにいる? 何階の、どの教室だ?」
『いっ、い、一階っ、ひが、し、こう、しゃっ! こっ、更衣室、の、ロッカー……!』

 すぐさまナガトに目配せすれば、心得たとばかりに彼は校舎のスキャニングを始めた。こうすることで、この建物の地図が端末に取り込まれる。

「分かった。東校舎一階の更衣室だな。そこは安全か?」
『わか、わからなっ……』
「他に誰かいるか?」

 言葉での返事はなかったが、衣擦れの音から穂香が首を横に振ったのが分かった。誰もいない場所に逃げ込んだのだろう。声がくぐもっているのも、狭いロッカーの中に身を隠しているからに違いない。
 アカギさん。アカギさん、アカギさん。震える声が縋るように、繰り返し何度もアカギを呼ぶ。

「なんだ」
『た、たす、け、』

 ――助けて。
 咄嗟にマイクの部分を手で覆って、アカギは溜息を吐いた。飛び出しかけた舌打ちはすんでのところで呑み込んで、半ば強制的に嚥下する。胸の奥に澱が溜まっていく。正義の味方になる気なんて、これっぽっちもないのに。
 みっともなく泣き縋る声に、唇を噛んだ。


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