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叫ぶ欠片の声を聞け *14




 初めは、ただの雑音でしかなかった。
 流しっぱなしにしているテレビは、それまで得意げに芸能人のスキャンダルを報じていた。誰と誰が付き合おうが、その誰かが誰と浮気をしようが、正直自分と関係なければどうでもいいと思ってしまう。同じ日本のニュースではあるが、どこか現実味のない、遠く離れた場所の出来事。喜ばしいニュースも痛ましいニュースも、それによって嬉しくなったり憤ったり感情が動かされても、それは一過性のものでしかなく、いつもどこか他人事だった。
 明里にとっても、それは同じことだった。たまたま平日に休みが重なったので、明里は恋人である夏之の部屋を昨夜から訪れていた。とはいっても同じマンションのお隣同士なので、ちょっとした着替えや荷物を取りに戻ったりもしている。毎度のことながら気軽なお宅訪問の最中、BGM代わりにつけていたテレビからは臨時ニュースを告げる短い音楽が流れた。
 地震だろうか。昼ご飯にとチャーハンを炒めながら、キッチンからテレビに目をやる。
 テロップが画面上部に流れたが、この距離ではよく見えない。まあいいか。そう思いながら意識をフライパンに戻した途端、スタジオのアナウンサー達が俄かにざわつき始めた。

『えー、臨時ニュースです。たった今入ってきた情報です。H県の県立白緑(びゃくろく)高校で、立てこもり事件が発生しました。繰り返します。H県の県立白緑高校に、男が銃を持って立てこもったとの情報が入ってきました。現在、けが人などの詳しい情報はありません』

「えっ?」
「ん? どした?」

 思いのほか大きい声が出た。それまで雑誌に目を通していた夏之が、不思議そうにこちらを見ている。「いや、ええと」信じられないという感情が言葉を濁らせた。火を止め、首を傾げながらテレビに近づく。
 アナウンサーやコメンテーター達が、神妙な顔つきで「怖いですね」と言い合っている。チャンネルを変えても、どこも同じような状態だった。詳しい情報は分からない。そればかりを繰り返す中に、確かな情報が一つある。

「明里?」
「この白緑高校って、確か、奏の妹ちゃんが通ってるトコだった気が……」
「え? ――おいおい、や、だって、今この高校、男が銃持って立てこもってるって言ってたぞ」
「どうしよう、私、奏に電話してみます!」

 明里は進学を理由に関東へと越してきたが、奏はそのまま関西の大学に進学した。いつも明るくて頼りになる親友は、妹のことが大好きだった。さぞかし心配していることだろう。明里自身、奏の妹とは何度か顔を合わしたこともある。大人しく控えめな子で、とてもじゃないがこんな大きな事件に巻き込まれて平気な顔をしていられる人間ではない。
 ついさっきまで無関係だった箱の中の出来事が、なぜか急に現実味を帯びて迫ってきた。立てこもり犯が近くにいるわけでも、自分の妹が現場にいるわけでもないのに、どうしてだか手が震える。そっと寄り添ってくれる夏之がいなければ、上手く携帯を操作することもできなかっただろう。
 なんとかアドレス帳から親友の番号を呼び出して、大きく息を吐いてからコールする。
 ――どうか無関係でありますように。
 すぐには出ない。焦りと苛立ちを感じながら何度かかけ直すと、いつもと変わらぬ明るい声が鼓膜を揺らした。

『もっしもーし、久しぶり、明里! どうしたん?』
「奏!? ねえ、テレビ見た?」
『――へ?』


* * *



 バラバラと激しい音を立てるヘリコプターのローター音が、何機も重なって不快な音楽を奏でている。冬空が寒さばかりを届けて身を凍えさせるにも関わらず、そこには多くの報道陣と野次馬で溢れかえっていた。
 正門前はもちろん、裏門の周りにも記者が押し寄せ、必死に立ち入らせないようにする警察との攻防を繰り返している。
 何台ものパトカーと消防車、救急車までが待機する物々しい光景をスコープで切り取っていたアカギは、手元の端末が奏でるアラートに舌を打った。
 感染者発生のアラートが鳴り響いたのは、もう一時間ほど前の話だ。モニターに映し出された点の位置を確認した瞬間、さっと血の気が引いたのを覚えている。この町の地図と重ね合わせると、明滅する点の位置は見事に、県立白緑高校に重なっていた。それだけならば驚かなかったに違いない。アカギが凍りついたのは、以前その場所に訪れたことがあるからだった。
 ミーティアとハインケルの頼みで、赤坂穂香を迎えに行った際――自分は、この位置を目指してバイクを走らせた。この場所には穂香がいる。戦慄はすぐさま行動を起こさせようと身体を動かしたが、艦で待機していたナガトの蒼白になった顔を見て足が止まった。手元の携帯端末よりもさらに精度を増した巨大モニターに、いくつもの点がぴかぴかと明滅し、存在を主張している。

『嘘、だろ……』
『急速な集団感染……。俺らじゃ、捌ききれねぇぞ』
『ッ、艦長に連絡入れるぞ! 駄目元だ、あとハルナ二尉にも! ナガト、艦出せ!』
『バカかお前っ、ここは室長さんに連絡して向こうの応援呼ぶしかっ』
『あそこには穂香がいんだよ! ぼやぼやしてる間に喰われんぞ!』

 ヒュウガ艦長、ハルナ二尉へのコールは虚しく、繋がることはなかった。高校へと向かう間にミーティアに事情は説明したが、そちらの応援が期待できるかは微妙だ。
 アカギ達が到着する頃には、もうすでに高校の周りには人だかりができていた。事件発生から十分も経たないうちに、「銃を持った男が高校の敷地内へ侵入するのを見た」という近隣住民からの通報があったらしい。それによって早急に警察が駆け付けたのはいいが、事態は膠着状態となって動きを見せなくなってしまっていた。

 ――銃を持った男が高校に立てこもり、生徒達を脅してバリケードを築かせている模様です。
 ――犯人の目的は未だ分からず、――……。

 否が応でも聞こえてくる現場の状況に、苛立たずしてどうしろというのだろう。端末が示す点は少しずつ、けれど確実に増えている。この数の感染者が一気に外に流れ出せば、間違いなくこの町は――この国は、パニックになるだろう。まだ立てこもってくれている分、ありがたい。不謹慎ながらも、そんなことを考えずにはいられなかった。


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