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「今のがテールベルトでの言葉。自動翻訳を使ってるから、どこでも言葉に不自由することはないんだ。俺達はいつも通り喋ってるつもりなんだけど、奏にはちゃんと通じてるでしょ? 針で紙を止める機械なら、テールベルトにもあるからね。――ま、もっともうちのは、こんな握るタイプのじゃなくて、ペン型なんだけど」
「はあ……」
「形が違っても、用途――その物の概念が似てるものが、自動的に選ばれる」

 ナガトはホッチキスを机の上に戻し、笑った。

「でも、こないだのハインケル博士の説明では分からない言葉も多かったんじゃない? あれは、該当するものがこっちにはなかったから。だから、最も近い音になって聞こえたってわけ」
「なるほど……?」

 分かったような分からないような、微妙なところだ。
 テールベルトに存在し、それと同様のもの――まったく同じとは限らない――がこちらにも存在していれば、自動的に言葉は翻訳されるというわけか。英語と日本語の翻訳とそう変わらない。便宜上翻訳されるものでも、英語圏と日本語圏の“それ”とはまったく別物が出てくる場合も多々ある。
 概念そのものも近しいものに変換されていると言ったが――、やめよう。簡単なような複雑なような、そんな問題を考えていると頭が爆発しそうだ。奏は何度か頭を振って、無理矢理思考を停止させた。

「あー、で、なんやったっけ。……あ、そうそう、戦闘機! なんで戦闘機で戦うん?」
「飛行樹が味方だけとは限らねェからな。空賊だってわんさかいっから、そいつら落とすのも俺らの仕事」
「あと、戦闘機も植物性だから、たまーに影響受けてバグるわけ。それもなんとかしないといけないからね。――国同士の戦争は今のところないけど、ま、それを見越して戦闘技術磨いてる節はあるかなーって感じ」

 それと、とナガトは付け足した。

「植物だから花粉とか空を渡るのも多いでしょ。それに広範囲に渡る汚染の場合、爆撃機で上から焼夷弾落として燃やしちゃうのが一番手っとり早いしね。まあ、いろいろリスクがあるからこれはあんまり好ましくないんだけど」
「ふうん……」

 結局、異世界でも人同士の争いは絶えないということらしい。いろいろあるんやねぇと呟いて、奏はパソコンのモニターに向き直った。
 白の植物を駆逐する二人は、人を――感染していない、ただの人を――殺したことがあるのだろうか。今この瞬間にも、世界のどこかで戦争が起きている。それはあまりに遠い世界の話のように思えたけれど、確実に起きていることなのだ。
 だったら、彼らは。
 目の前の彼らがその手でたくさんの人の命を奪っているとしたら、そのとき、自分は今まで通り笑っていることができるのだろうか。


* * *



「なぜですか! 通信が途絶えた今、なにかあったと考えるのが妥当です。すぐさま応援に行くべきだと私は考えます!」
「だーめだってぇ。言ってるだろー? オッチャンが笑ってる間に引き下がんな、ハルナ」
「しかし艦長!」
「あんな、ハルナ。確かに、ヒュウガ隊のいる場所にいっちゃん近いのは俺達だ。でもなぁ、ヒュウガがいんだ、だいじょーぶだいじょーぶ」
「ですが、そのヒュウガ一佐が――」

 カガは机に肘をついたまま、視線だけでハルナの言葉を遮った。いつもほけほけと食えない笑みを浮かべている中年の男が、途端に鋭い牙を剥く。

「黙れ、俺に逆らうな。お前は考えるな、ハルナ。ただ目前の白のみを狩れ」
「艦長!」
「いいか。これは上からの命令だ。あそこにはヒュウガ隊が全員、欠けることなく、揃っている。応援要請も来ていない。それなのに、俺達に任せられたこの地を放棄して勝手に向かうのか? どうだ、ん?」
「しかし……」
「ハルナ二尉、もう下がれ。明日も早い」

 犬猫でも追い払うように手を払われ、ハルナは唇を噛みしめながらも礼をとって退室した。カガがあそこまで言葉を厳しくするのだ。事態は思った以上に深刻なのだろう。
 関わるなと言外に言われたが、それで納得できるものでもない。分からないことが多すぎる。
 艦内に割り当てられた狭い個人スペースで一息ついたハルナは、ベッドサイドに転がしていた個人用の携帯端末を手にしばらく画面を眺めた。着信があった様子はない。メールも入っていない。
 スズヤと連絡が取れなくなってから、もうしばらく経つ。テールベルトではなにが起きているのだろう。無事なのだろうか。ナガトは、アカギは、――スズヤは。
 死ぬなと言われた。自分は今もこうして生きている。感染者の数は増し、その重症度も高まってきた今もなお、大きな怪我なく生き延びている。
 ならば、お前はどうだ。
 かつて共に空を駆けた友人の姿を思い出し、苦い思いで携帯を握る。
 ベッドに腰掛けていたハルナの手の中で、途端に携帯が震え始めた。驚いて画面を見ると、そこにはまだ若い女性隊員の名前が表示されていた。
 自分が教官を務めた新人達の中の一人だ。女だてらに――この表現をすると激怒する者もいるが――特殊飛行部入りを目指す、生意気な部下。基礎体力もなにもかもまだまだで、正直推薦してやるにはほど遠い。
 だが自分がこの伸びしろのある部下を気に入っていることは、少なからず自覚していた。

「――なんだ、どうした」
『あ、ハルナさんですか? すみません、コード戻していただけます?』

 耳に当てた瞬間聞こえてきた声に、ハルナは思わず携帯端末を取り落とした。
 膝にぶつかり、床を滑ったそれが自然とスピーカーに切り替わって、余計に声が響く。

『あれ? もしもーし、ハルナさぁん?』

 かっと耳が熱を持つのを感じた。急に速度を増した心臓が苦しい。ああどうしよう、どうすれば。
 確かに確認した画面には、子犬のような部下の――チトセの名前が表示されていたはずだ。慌てて拾い上げた携帯の画面にも、やはりチトセと表示されている。
 ならば、どうして。
 ぎこちない手つきで言語コードを戻し、ハルナは混乱のまま、けれど努めて冷静なそぶりで口を開いた。

「マ、マミヤ士長か……?」

 情けなく上擦った声が出てしまい、思わず呻く。

『はぁい、マミヤでぇす。ハルナさんとお話したくて、チトセの端末借りちゃいましたぁ。突然なんですけど、すこぉしお時間よろしいですかぁ?』
「ああ、問題ない。どうした」
『ヒュウガ隊のことなんですけどもぉ』

 甘い声に踊らされていた心臓が、急速に落ち着きを取り戻した。すっと熱が引いていく。一瞬で頭が切り替わる。
 周囲に人がいないことを確認し、ハルナは一層声を潜めた。

「……なんだ」
『スズヤさん達、みーんなそれぞればらばらに隔離されちゃってます。ソウヤ一尉にもいろいろお話したんですけどぉ、ちょーっと動けないみたいで。だからハルナさん、マミヤのお願い聞いてくれません?』

 すぐさま頷いてしまいたくなるのを、総動員した理性がなんとか押し留める。火照る身体から熱を逃がそうと襟を緩め、ハルナは聞こえてくる声に集中した。
 ヒュウガ隊の話となれば、浮ついた気持ちで聞くわけにはいかない。
 テールベルトでなにが起きているのかと問えば、マミヤは小さく咳払いをして切り出した。


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