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『こっちでなにが起こってるのか、正直まだよく分からないんです。でも、“わたし”が動けてないのはちょーっと問題かもぉ』
「マミヤ士長が動けていない……?」
『上官からさーっそく釘刺されちゃいまして。王族が関与することを、警戒してるんじゃないかなーって思うんですよねぇ。緑花院がなにかあるんじゃないかなぁって。それで、ハルナさんにお願いなんですけどぉ』
「なんだ?」
『カクタスの研究者さんに、ご連絡ってつきません?』

 その言葉に、一瞬にして指先が冷えた。

「……なぜ」
『テールベルトじゃもう根回しされてる気がして、それで……って、ハルナさん? 大丈夫ですかぁ? ハルナさーん』

 ――愛してる、ハルナ。
 白い肌に葉脈が浮き、狂ったようにハルナの名を呼び続けた女の姿がよみがえる。どうして殺すのかと訊ねた彼女は、最期の瞬間までハルナに愛を囁いた。
 彼女はカクタスの研究者だった。白衣を纏い、データと向き合う人だった。
 胸に、痛みが突き刺さる。
 感染し、発症し、それでも彼女はハルナを求めた。研究していた新薬の効果で理性が完全に奪われなかったのは、幸か不幸か、どちらだったのだろう。
 愛する女の最期の言葉を奪ったのは、他でもないハルナ自身だ。

『ハルナさん? ハルナさーーん?』
「……ああ、すまん。少しぼんやりしていた。――それで、カクタスの研究者だったか。悪いが、信用できる知り合いはもういない」
『そうですか……』
「そういえば、ナガト達と一緒にビリジアンの研究者がいるそうだが。そっちとは連絡できるかもしれん。ビリジアンでは駄目か?」

 黒髪の美しい女性研究者の姿を思い出す。彼女はミーティアといったか。ハインケルの補佐という形で共にいるはずだが、真意は分からない。

『ビリジアン、ですか。うーん、……ハルナさん、“緑のゆりかご”って、どう思いますぅ?』
「緑のゆりかご? どうと言われてもな。おとぎ話がどうした」

 確かにビリジアンと言えば有名なのが「緑のゆりかご」だろう。
 かつて、ビリジアンは英雄を生んだ。白の植物に侵されていく世界を守るため、一人の青年が立ち上がった。青年は、特異であった。白の植物に対する耐性を持っていた彼は、国に、世界に尽くした。
 ――彼は、白の植物からの感染を食い止めるため、その身を捧げたのだという。
 遥か昔の英雄伝説だ。具体的な話は分からないし、真実だったのかも分からない。
 だが、彼が英雄として姿を消してからしばらく、白の植物に怯えることなく過ごせた期間があったのは事実だった。
 ゆえに、その話は「緑のゆりかご」と呼ばれている。
 由来はなんだったか、覚えていない。その「ゆりかご」は生まれたばかりの緑を優しくあやすという意味だったろうか。それとも、人々を守る緑の存在という意味だったろうか。
 どちらにせよ、おとぎ話のようなものだ。
 ハルナはそう思っている。

『おとぎ話でないとしたら、どう思いますか』

 鼓膜を溶かされるような甘い声は、もう、ない。
 真剣な声音に、背筋が伸びた。

『人身を捧げることにより、白の植物を押さえ込む。確かに、それはおとぎ話のように聞こえるかもしれません。でも、現に今、王族はなにもないところに緑を生む力を持っています。人身を捧げ、緑を生んでいます。それは受け入れられて、緑のゆりかごはただの伝説だと言い切ることができますか?』
「そうは言っても、証拠もなにもないだろう。それに、今その話がどう関係してくる?」
『――また、同じことが繰り返されるのだとしたら?』
「は? 同じこと……? ちょっと待てマミヤ士長、それは」
『はい。緑花院は、――この国は、“緑のゆりかご”を計画しているのかもしれないと、そう言っているんです』

 緑のゆりかご計画。
 全貌はまったく見えてこない。だが、それだけでなぜか薄ら寒いものを感じた。

『かわいい名前つけたところで、しょせんは人身御供です。ナガト三尉とアカギ三尉が、生贄に選ばれたとしたら。……ハルナさん、あなたはそれでも黙っていることができますか』
「それ、は……」
『――まぁ、確かじゃありませんけどぉ。でも、ないとは言い切れませんよぉ。だから、緑のゆりかごに大きく関わっていそうなビリジアンの人間と繋がるのはハイリスクハイリターンだなぁって思うんですよねぇ』

 マミヤが急にいつもの間延びした口調に戻り、ハルナはどっと身体から力が抜けるのを感じた。どうやら気づかぬうちに全身が強ばっていたらしい。
 生贄だなどと、そんな馬鹿げた話があってたまるか。そう言い切れなかったのは、自ら屠ったかつての恋人の言葉を思い出したからだ。

 ――カクタスではね、人体実験なんてざらなのよ。あたしの国はね、人の命を命とも思っていないの。でもこのくらい、あんたの国でもやってるでしょ? あんたが知らないだけよ。だってあんたはまっすぐだもの。

 きめ細やかで滑らかだった肌は、葉脈が浮いていた。血走った目でハルナを見つめ、彼女はそんなことを言っていた。あれは「人身御供」とはどう違うのだろう。「生贄」にされたのではないか。
 だとしたら。――だとしたら、どうなる。

『ハルナさぁん? 聞こえてます〜?』
「――すまない。聞こえている。ビリジアンの研究者に関しては、信頼できそうならば話す。そうでなければカクタス側にも努力してみるが、期待はするな。現状はかなり厳しい」
『じゅーぶんですよぉ。一応、お願いしますね。もし動けそうなら、またチトセの端末に連絡くださぁい』

 ちゅっと軽い唇の音がすぐ耳元で聞こえて、ハルナは急激に頬が熱くなるのを自覚した。つい今しがたまで冷静に抑え込んでいた感情が溢れ出しそうで、慌てて首を振る。

「しょうちした」
『ふふっ、はぁーい。――あ、そうだ、ハルナさん』
「なんだ」

 今度はなにを聞かされるのかと若干身構えていたハルナに、穏やかな声音が染み渡る。

『スズヤさん、割と元気にしておられるそーですよ』
「……そうか」
『はい。それでは、また〜』

 甘い余韻を残して通話が切れる。
 久しぶりにマミヤの声を聞いた。後ろからたまに聞こえてきた咳払いはチトセのものだろう。二人とも元気でいるらしい。
 そして、スズヤも。
 無事ならば、それでいい。
 ハルナは一度ぐっと伸びをし、ベッドに横になった。目を閉じれば、たちまち思考の渦に呑まれていく。
 ――緑のゆりかご。
 そんなおとぎ話が、もし、事実だったとしたら。
 

 だとしたら、俺達はまた、かつてのあやまちを繰り返すのか。


【12話*end】


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