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震える欠片が呼び覚ます *12



 遠慮がちに、けれどもはっきりと突き刺さる視線を感じながら、ソウヤは開発部の扉を叩いた。
 特殊飛行部のパイロットがここに来るときは、大抵新しいマスクだったりスーツだったりの試運転が目的となるので、なにもなく伺うことはまずない。それに加えて、ソウヤはテールベルトでも珍しい青い目の持ち主だ。その瞳を見ようと、好奇の視線を向けてくる者も少なくはない。
 確かに珍しかろうが、だからといって特殊な機能がついているわけでもないただの目だ。民間人と比較すれば視力はいいだろうが、相手のオーラが見えるわけでもなければ、動きが止まって見えるわけでもなく、はたまた見えないものが見えるわけでもない。そんなただの目を見たがる連中の気が知れなかった。
 ちらちらと向けられる視線に煩わしさを感じながらも、ソウヤはそれをできる限り表情には出さないよう努めながら近くにいた隊員に声をかけた。

「なぁ、イブキ一曹ってのはどいつだ?」
「イブキ一曹なら……、あそこのデスクです」

 示されるままに視線を滑らせて、一瞬思考が止まる。ソウヤは、再び目の前の隊員に青い目を向けた。

「それはもしかしてアレか。あの、人形だのなんだのが大量に飾ってあるあそこか」
「はい。美少女フィギュアやらポスターやらが大量に飾ってあるあそこです」
「びしょ……、オイ。なんでそんな状態で野放しにしてんだ。風紀がどうとかこうとかそういう話にはなんねぇのか」
「恐れながらソウヤ一尉。イブキ一曹はあの状態でないとベストを尽くせないため、特例扱いされております」

 遠目に見ても分かるデスクの異彩っぷりに、ソウヤはずくずくと頭が痛むのを感じながら、その隊員に礼を捻りだして問題のデスクへと足を向けた。
 近づくほどに分かる奇妙さに、そのまま回れ右をしてしまいたくなる。あるいは、机の上のものをすべて薙ぎ倒してやりたい。なんだあれは。いったいなんなんだ。
 胸がでかく、スカートが異様に短い女の人形が所狭しと並び、壁には水着姿の美少女が微笑んでいる。私を見てとでも言いたげな、あざとい上目使いが気色悪い。ソウヤからしてみれば寒気のする空間に、もっさりとした黒髪の男が背を丸めて作業をしていた。
 ――スズヤはなんだってこんな奴と知り合いなんだか。
 外見で差別する気はないが、それにしてもスズヤとはあまりにタイプが違いすぎる。彼と話が合うのかも分からない。
 帰りたくなる衝動を堪えながら声をかけたが、イブキは返事もしなければこちらを見ようともしなかった。無視か。いい根性だ。怒鳴りつけてやろうかと息を吸ったところで、いきなりイブキの頭が跳ね上がる。

「ああーーーっ!! モエハたんのリミテッドバージョン売り切れ!? マジつら……。ふっざけんなよなんのために今までパン耳生活してたと思って……!」
「オイ」
「くっそどこのどいつだよふざけんな俺のモエハたんが……!」
「オイ!! 聞いてんのかテメェ!」

 我慢しきれず腹の底から怒鳴ると、やっとイブキがこちらに頭を巡らせた。分厚い眼鏡の奥で小粒の目が何度も瞬いている。イブキは呆然としたままソウヤの頭の先から足の先までを眺め、胸の徽章を確かめてから、たっぷり三秒の時間をかけて限界まで目を見開いた。
 慌てて立ち上がったせいで、キャスター付きの椅子が勢いよく後ろに滑って他の隊員の椅子にぶつかる。

「ソウヤ一尉!? どうなさったんですか?」
「お前がイブキ一曹か? スズヤと知り合いの」
「え、ええ、まあ。スズヤ氏とは夜通し萌えを語り合った仲のイブキ一曹ですけど」
「……まあいい。なんでもいいわ。お前も状況くらい分かってんだろ。そのスズヤがお前をあたれっつっててな。なんか知らねぇか」

 きょとんとしたイブキが、途端に眉をひそめた。ナガトが見れば「可哀想」とでも評しそうな団子鼻を擦り、イブキは首を捻る。開発部の連中でも現状は把握しているはずだ。彼は作業服の胸ポケットから垂れ下がる猫耳をつけた美少女を何度かつついて、しばらく考えたのちにソウヤを見上げた。

「申し訳ないですけど、なにも。ヒュウガ隊に関することは下りてきてないと言いますか、一種のタブーになってます。話題に出すこともまずないっすね。……でも」

 揺れる美少女が張り付いた笑みを向けてきたので、ソウヤは腕にぞわりと鳥肌を立てた。

「でも?」
「ハインケル博士が出ていったんですよね?」
「あ? ああ。それがどうした」
「だったら、あの二人……」

 周りを気にするように潜められた声に、ソウヤは自然と腰を曲げた。薄い唇に耳を近づければ、さらに小さくなった声がそっと鼓膜を震わせる。

「あの二人、消されるかもしれません」
「……は? それってどういう……」
「少し出ましょう。シュシュたんにも外の空気を吸わせたいですし」

 胸ポケットの猫耳美少女に「ねー」と笑いかけたイブキは、その笑顔のままソウヤを外へと促した。



 幸い、基地内に設けられた喫煙所には誰もいなかった。利用する者が少ない場所を選んだのだから、当然といえば当然だ。蜘蛛の巣の張った天井をぼんやりと見つめながら紫煙をくゆらせれば、わざとらしくイブキが噎せる。
 太陽光の下で見るイブキは、ずんぐりとした体格の割には、やけに青白く見えた。開発部の人間は室内に籠もりきりだから仕方ないのかもしれないが、これでは不健康を体現しているようにしか見えない。
 一本吸い終わったところで、ソウヤはイブキの肩を叩いた。

「んで、さっきのどういうこった。なんであのチビ博士が絡むと、二人が消される? つか、消されるってどういう意味だ」
「ソウヤ一尉は、ハインケル博士がなんで嫌われてんのか、ご存知ですか?」
「あ? そりゃ、チビ博士のお口がゆっるゆるだからだろ」
「おくちがゆるゆる……。ぬはっ、なんか卑猥な言い方っすね! あ、いや、まあ、確かにそうなんですけど、それ以外にもあるんです。……あの人は、とても怖い」
「怖い?」



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