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「遊びに来てやった」
「いやいやいや、そう簡単に来られる状況じゃなかったですよね。ね。ほんっとどうやったんですか」
「あー? まあ、ホラ、あれだよ。食事係いんだろ。そいつをな、こう……」
「脅したんですか」
「脅してねぇよ、人聞きわりぃな。この俺がわざわざお願いしたんだよ。『おねがぁい、スズヤくんに会いたいのぉ』って、とびきりかわいくな」
「なんですかそれ、ケツに銃口突き付けられるより遥かに怖いですね」
「しばくぞテメェ」

 精一杯の裏声を使ってやったというのに、スズヤは本気で怖気立ったように両腕をさすっていた。そんなくだらないやり取りはどうでもいい。ぐるっと部屋を見回し、本題に移ろうとソウヤは表情を引き締めた。
 すかさずスズヤがベッドから降り、代わりに座るよう勧めてくる。遠慮なくそこに腰を下ろし、床に座った眼鏡の男を見下ろした。

「で、なぁんでこんな状況になってんだ?」
「ははっ、それはおれが聞きたいですねー。しばらく前に突然ここに突っ込まれて、それから週一でしか風呂入れてないんですよ。もう気持ち悪いのなんのって。あ、メシはまぁ、いつも通り食わせてもらってますけど」
「あー、どーりでクセェのな」
「ひっど! 泣きますよ」
「おう、泣け。俺は人様泣かせんのが大好物だ」

 組んだ足に肘をついてにやりと笑えば、なにかを思い出したのかスズヤは眉根を寄せて項垂れた。大方、入隊時の壮絶な思い出でも振り返っていたのだろう。あのときは本気で泣かせにかかった。ハルナもスズヤも一筋縄ではいかない相手だったので、ひどく楽しかったのをソウヤも記憶している。
 とはいえ、そんな思い出話をしている暇はない。ガシガシと頭を掻き毟ったスズヤは、肩に散ったフケを払いつつ鉄格子を見上げて苦く笑った。

「未だにおれ達の処分は決まらない。連帯責任で処分するなら、もうとっくになにか下りてきてもいいはずでしょう。それがないのにこんな場所に閉じ込められて。……緑花院(緑花枢密院)でなにか起きてんですか?」
「――軍上層部とは取らずに、いきなりそこにいくか」
「ははっ、だって一尉。軍内部でなにかが起きてるのは考えるまでもないじゃないですかー。だとしたら、そのさらに上。議会か、内閣かってとこでしょう。んで、しゃしゃり出てくるのは上院の連中か緑花院くらいなもん。でもここ最近、急成長を見せているのが緑花院のお偉いさんでーって考えると、そうかなって」

 消防班に収めているのは惜しい男だと言ったのは、誰だったか。
 へらへらと笑うスズヤは、ぐっと伸びをして胡坐を掻いた。上官を前にしているというのにこの態度だ。いつものことなので気にならないが、どうにも自棄になっているような気がして落ち着かない。

「軍内じゃ、まとめて処分しちまおうって噂でも持ち切りだけどな。それだとまだかわいげがあるが」
「緑花院が関わってたら、その程度じゃ済まなさそうですよねー。うわ、おれどーなっちゃうんだろー」
「ま、上手いこと料理されて捨てられんのがオチだわな。ご愁傷さまってやつだ」
「……ふつー、助けようとか思いません?」

 返事の代わりに鼻で一蹴する。項垂れたスズヤの肩から伸びたシャツが落ち、鍛えられた肩が剥き出しになった。僅かに痩せたか。まじまじと観察していると、わざとらしく照れたそぶりをしてきたので、腹が立って拳骨を落とした。
 悶絶するスズヤを無視し、我が物顔で煙草に火をつける。――禁煙? 知るか。空き缶を灰皿にして、ソウヤはぷかりと紫煙をくゆらせた。

「それにしたってなぁ。……ま、お姫さんが動きかけてる。暴走させねぇためにも、俺もちっとは調べておいてやるよ」
「お姫さんって、マミヤちゃんですか?」
「おー。怖ぇぞー、あのお姫さん。王家の人間っつーのはどうも苦手だ」

 下手をすれば、甘い香りに惑わされそうになる。
 今までアタックされた既婚者達が、彼女の誘いを上手い具合に断ってこられたことが不思議なほどだ。

「てことは、王家の関与は五分五分かー。……ま、そんなもんですよね。あっ、それより、調べておいてくださるなら、いい相手がいるんですよ」
「あ?」
「開発部のイブキ一曹をあたってみてください。あいつ、なんか知ってるかもしれないんで」


* * *



 舞い散る赤に、囲む紅。
 その美しさに、息を呑む。


 京都の名所の一つ、伏見稲荷は京都駅から電車で移動し、そう遠くはない場所にある。朱塗りの千本鳥居が美しいあの場所だ。
 石畳。どこまでも続く、朱色の鳥居。それはこの世とあの世を隔絶するような、不思議な雰囲気を放っている。
 紅葉シーズンとはいえ、平日なのが幸いして、むせ返るような人の波はない。少ないとは言えないが、それでも嫌気が差すほどではなかった。

「なんていうか、ドミノみたい」
「ナガト、それ禁句」

 そう言ったものの、奏自身そんな風に考えたこともあるので、あまり強く言える立場ではない。不謹慎だと咎める者もいないので、盛大にけらけらと笑っておいた。
 夕暮れ間近の京都伏見。紅葉の隙間から零れ落ちてくる夕陽を、朱塗りの鳥居の隙間から見やる。これほど贅沢なことがあるだろうか。一段一段確かめるように石段を上っていると、目の前に手を差し出された。息切れ一つ起こしていないナガトが、「ほら、手」と微笑みかけてくる。
 ハイタッチでもするかのように乱暴に手を重ねて、手を引かれつつ、奏は伏見山の頂上を目指した。

「それにして、もっ! ほのも来ればよかったのに。……まあでも受験間近やし、人混みで風邪貰っても困るもんなぁ」
「いや、多分そういう問題じゃないと思うけど」
「じゃあどういう問題?」
「人混みでしょ。核(コア)とか感染者が怖いんだと思うよ。――あ、奏、そこ気をつけて。落ち葉で滑りやすいから」
「ありがと。――ああでも、なるほどねー。確かに、その心配はあるか」

 登るほどに自販機の値段が高くなっていて、商魂の逞しさに思わず笑った。
 空が赤々と染まった、京都の秋。見下ろす山々は赤や黄に染まり、その美しさに言葉を失う。舞い散る紅葉は、ナガトの目にも美しいものと映ってくれたらしい。穂香と一緒に家で留守番をしてるアカギには悪いことをしたと思うが、土産に八つ橋でも買っていけば許してくれるだろう。――多分。
 ヒールで山登り――舗装された道ではあるが――をすること、しばらく。やっと山頂まで辿り着いた奏とナガトは、しっかりとお参りを済ませて一息ついた。あと三十分もすれば日が暮れるだろう。街灯が灯されるとはいえ、あの真っ暗な下り道を進むのは心もとない。
 小さな鳥居を眺めていたナガトが、疲労の色を見せる奏を見てくすりと笑った。

「ずっと興味あったんだ。紅葉って。緑が赤に変わるなんて不思議だよね。……こんなに綺麗だなんて、思いもしなかったけど」
「やっろー? 穴場とか知ってたらもうちょいよかったんやろうけど、あたしもあんま知らんしさー。でも、京都はわりと近いからいつでも案内したげんでー。雪化粧した金閣寺とかもめっちゃ綺麗やし! って、あ、そっか。あんたらからしたら、白はいい色ちゃうか」
「気にしてくれてるんだ?」
「一応なー」

 山頂から町を見下ろせるわけではないけれど、精一杯背伸びをして眼下に広がる景色を見た。
 冷えた風が火照った頬を撫でていく。目の前に落ちてきた赤い一片を手にしてポケットに仕舞い、ナガトは再び手を差し伸べてきた。

「そろそろ戻ろうか。日も暮れてきたし」
「……あのさ、いちいち気障なその仕草、どうにかならん?」

 躊躇っている手をあっさりと取られ、まるで恋人のように握られる。擦れ違う人達の目に、自分達は恋人同士にでも見えているのだろうか。


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