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「王族だから?」
「そーよぉ。あんただって知ってるでしょ? テールベルト、ビリジアン、カクタス。昔むかぁし、三国の王族達は自分達を望む姿にしようと、遺伝子弄くり回したのよ〜。だから、その血を引くわたしが美人なのはトーゼンなの」

 腕の力を抜いてチトセにのしかかったマミヤは、遠慮がちに背を撫でてくる友人のぬくもりを感じて目を伏せた。

「王族はねぇ、ゼロから緑を生める唯一の“種族”なの。だからね、存在そのものがとーっても貴重なんだからぁ」

 大切にしてよねぇ。
 茶化すように笑ったが、チトセはくすりともしなかった。頬はぴたりとつけている。お互いの表情は分からない。

「そういえばマミヤって、今の王様とどんな関係?」
「え?」
「あんたが王族の端くれだってのは知ってるけど、どれくらいなのかなって思ってさ。ソウヤ教官に打診するくらいなんだし、伯父さんと姪っ子とか? そんな近いわけないか。だったら、こんなとこいないもんね」
「……そうねぇ」

 伯父と姪の関係ではないので、素直に頷いておく。
 相変わらず頭の作りが上等でない友人は、少しだけ考え込むような間を開け、ごろりと寝返りを打った。上に乗っていたマミヤが床に落とされ、寝転んだまま向かい合う体勢になる。

「でもさぁ、もうそんな遺伝子がどうのってことはやってないんでしょ? まだ特別な力ってあんの?」
「……あんた、それでも軍の人間?」
「うっ! じょ、ジョーダンに決まってるでしょ!」
「どーだか。……いいわぁ、教えたげる。傍系の人間はさすがに、そういうチカラは薄れてきてるみたぁい。でも、直系の血を引く者となれば話は別ね。こないだも、式典で“緑生の儀”とかやってたじゃない」

 テールベルトの現緑王が、なにもない土地に手をつき、そこに緑を生みだした。
 その力は王族のみに備わる不思議な能力と捉えられているが、実際はそうではない。

「チトセは、王族が死んだらどうなるか知ってる?」
「え? どうって、普通に火葬でしょ? そんで、あの立派なお墓に……」
「あそこにはなぁんにも入ってないわよぉ。――あ、うそ。服くらいは入ってるかも」
「……は? なにそれ、どういうこと?」

 色とりどりの花と緑に囲まれた、美しい墓地。その中心に、立派な墓がある。
 美しい装飾のそれは、死んだ者には贅沢だとする声も上がった。
 マミヤとて、そう思う。

「王族はねぇ、死んだらまず、髪をぜぇんぶ刈り取られるの。男女問わずつるっぱげよぉ。それから、全身の血を抜く。それでぇ、血の代わりに、特別な培養液を注入するの」
「ば、培養液……?」
「そ。それでつやっつやのぴっちぴちになったカラダを、緑が欲しい場所にぽいって投げ置くのよ」

 王族が持っているのは、自在に緑を生む力ではない。
 白に蝕まれ緑を失った大地は、鍵となる者の「生きる力」に目を付けた。すべてを吸い取られ、生命力と引き換えに緑が芽吹く。あの力は魔法でもなんでもない。命と引き換えにした、ただの「現象」だ。
 培養液を体内に満たした遺体を中心に、荒れた大地には緑が広がっていく。王族が死ねば緑の楽園が生まれる。世間はそれを奇跡と呼ぶが、実際は奇跡でもなんでもない。
 驚愕に見開かれたチトセの瞳に映る自分の顔は、なんと美しく、――なんとおぞましいのだろう。

「緑を生んだ身体は、なにもかも吸い取られて骨と皮だけのぺらっぺらになるの。ミイラみたい。そうなって初めて、燃やされるのよぉ? でもね、灰は肥料として回収される。髪と血は、研究施設に半永久的にほぞーん。……分かる? わたし達には、なぁんにも残らないの。髪の一筋(ひとすじ)、血の一滴(ひとしずく)、骨の一欠片(ひとかけら)すら、自由になることは許されない。生まれたときから、この身体は緑のためだけにあるの」

 この国の最高権力者は緑王だ。
 だがそれは名目上のものでしかなく、事実上、政は緑花枢密院が行っている。王は統治するために据えられているのではない。緑の象徴として――、重要な糧として、残されている。
 王族は常に鳥籠に入れられてきた。大切にされてきた。怪我をしないよう、傷つかぬよう。必要なときに、使えるように。
 緑は愛おしい。けれど、その緑が鎖となってこの身を縛りつけている。
 王家の機密事項ともいえるようなことを、どうして容易く喋ってしまったのだろうか。そう思うも、チトセがあちこちに吹聴して回るような性格ではないことは知っている。それに、彼女にこんな話は漏らせない。一応、形だけ「内緒よぉ?」と告げると、彼女は人形のようにぎこちなく頷いた。
 アーモンド形の瞳に、悲しみが浮かぶ。

「……マミヤは、王族に生まれたこと、後悔してる?」
「まっさかぁ。だってそんなの、悔いようがないじゃないの。……でも、そうねぇ。昔の人は、恨んでるわぁ」

 強く抱き締めてくる友人の腕が、僅かに震えていた。


* * *



 テールベルト空軍ヴェルデ基地内は、いつもと同じようでいて、どこか違う。
 それはあの事故がきっかけだと十二分に理解していたが、生じる違和感はそう簡単には拭えなかった。
 つい先日、他プレートでの任務を終えて戻ってきたソウヤは、会議室にて向けられた深い緑の双眸を思い出して、身震いした。甘い香りを放ち、絡め取るようなあの視線と声。王族という言葉が裏に持つ意味を、自身で味わったのだ。
 マミヤの話は断ったが、彼女が抱いている疑問を自分も感じていないと言えば嘘になる。
 事実、ナガト三尉とアカギ三尉が所属しているヒュウガ隊の艦長ヒュウガは、どういうわけか会うことができなくなっていた。表立っては彼らと共にプレートを渡っていることになっているから、ヒュウガ隊の隊員はすべて軟禁状態に近いのだが、それにしたってやりすぎだ。公然の秘密となっているにも関わらず、ヒュウガの存在は頑なに隠されている。
 だから、ソウヤは強硬手段に打って出た。

「よーっす、スズヤ。元気にしてっか?」
「――は? え、ちょ、ソウヤ一尉!? なにやってるんですか!?」

 いつもの気軽さで扉を開け放ったソウヤの姿に、ベッドに寝転がっていたスズヤが読んでいた本を取り落とした。慌てて跳ね起きた彼の眼鏡は、さながら漫画のようにずれ落ちている。ぼさぼさの頭といい、剃られていない無精ひげといい、この部屋の様子も相まって、これではまるで囚人だ。
 部屋の窓に取りつけられた鉄格子を一瞥し、ソウヤは舌打ちした。ここは、本来のスズヤの部屋ではない。外側からの鍵しかない、監察室と呼ばれる部屋だ。この部屋の目的は、言わずとも分かるだろう。



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