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「なあ、こないだの虫はなんやったん?」

 夜中にアカギを呼び出した理由は一匹の蜘蛛だった。
 穂香の部屋に真っ白な蜘蛛が出た。震える声で穂香に呼ばれて殺虫剤片手に部屋に入ったのだが、そのあまりに奇妙な姿に手が止まった。観葉植物の棚にいたのは、美しいとさえ思える姿の蜘蛛だった。すべてが白い。色だけではなく、胴体には花がついているようだった。むしろ、花に蜘蛛の脚が生えたような姿だった。
 まるで薔薇のような蜘蛛。花に擬態する種類がいるのは知っているが、こんな蜘蛛は見たことがない。もしかして、白の植物となにか関係があるのだろうか。そう思ってビニール袋で捕獲し、彼らに連絡を入れたのだ。
 こちらで調べておくと言ってアカギは蜘蛛を持ち帰ったが、それ以来あの蜘蛛に関して詳しいことは聞かされていない。
 「ちょっと会える?」そう言ってきたのはナガトの方だ。時間は十分あるのだろう。

「んー、正直、まだちょっとよく分からないんだ。ハインケル博士と室長さんが調べてるけど、どうにも新種らしくてね。……ま、簡単に言えば、うちでも見たことのない進化がこのプレートで起こってるってこと」
「それってヤバない? 大丈夫なん?」
「ヤバいだろうねー。結晶化も最近増えてきてるし……」
「結晶化ってなに? なんでそんなことなるん?」

 ナガトと話していると、まるで自分が幼稚園児に戻ったように思える。すぐになんでなんでと聞いて回るのは、小さな子供の特権だと思っていたのに。
 彼は綺麗に笑った。とても自然で、芸能人やモデルが雑誌で浮かべている笑顔を彷彿とさせた。それが困ったときに誤魔化そうとして浮かべる笑顔だということは、この数ヶ月で理解していた。

「あたしを呼び出した理由、どうせ白の植物に関することなんやろ? やったら知る権利くらいあると思うんやけど」
「……やっぱりきみ、手強いね。それもあんまりよく分かってないって言ったら怒る?」

 怒るというより、信用ができなくなる。素直にそれを告げると、ナガトは疲れたように唇を持ち上げた。

「結晶化現象は、レベルS感染したものの中から核(コア)が抜けたときに起こると考えられてる。コアが抜けるってことは、つまり別の生命体に寄生したってことなんだけど」
「え? ちょお待って。でもほののイチゴ、あれもコアってのが抜けとったんやろ? やけどあれは別に結晶化なんかしてへんかったやん」
「あれはあのイチゴそのものが親だったからだよ。もともとコアを有している植物は、コアが抜けても結晶化しない。コアが渡り歩いていく過程で被害に遭った生物が、ああなるんだ」
「てことは、全国的に見つかってる結晶の分だけ親がおるってこと?」

 蜂や小鳥などの結晶は連日見つかっている。合計すれば凄まじい数になるだろう。その分だけ親がいるとすれば、あまりにもおぞましい。
 しかしナガトは首を振って否定した。

「渡り歩いてるって言ったでしょ? 親の数は正確には把握できてない。ふがいないけどね。一つ確実なのは、コアが渡り歩くスピードが異常だってことくらいかな」
「異常?」
「速すぎるんだよ、いくらなんでも。上の予想なんかとっくに超えてる。緊急事態宣言を出したはいいけど、会議ばっかで現場には一向に指示が下りてこない」

 そういった政治的な問題はたとえ異世界でも同じらしい。いっそう冷えた風に奏が身震いすると、ナガトは自然にジャケットを肩にかけてきた。「……キザ」「どうも」羽織ったジャケットからは、ほんの少し汗のにおいが漂った。



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