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「そもそも寄生するコアを持っているのは、親だけなんだよ。そのコアが他の植物に影響を与えて、子を作る。子は感染力はあってもコアを持たない。――はず、なんだ」
「――つまりは、そうじゃなくなったってことか」
「ハインケルの話を聞く限りね。どうも子の方にもコアができて、それが悪さをしでかすみたいで。人的被害が目立ってきている以上、なにが起きるか分からない。そこで、きみらに言わなきゃいけないことがあってね」
煙草の吸い殻がベンチの下から風で転がり出てきた。誰もいないブランコがゆらゆらと揺れている。葉擦れの音がナガトは缶コーヒーを一気に飲み干して、まっすぐに奏を見つめてきた。
「あのイチゴのコアは、最終的にきみらのどちらかに寄生しようとする可能性が高い」
「……は?」
「刷り込みみたいなものかな。親と濃厚接触していた生物に寄生する傾向があるらしくって。親そのものは艦で保管してるから、どうなるかは分からないけどね」
なにを言われているのかよく分からなかった。何度もナガトの台詞を噛み砕き、咀嚼する。そうしてようやく理解した意味に、頭のどこかが切れる音を聞いた。
「なんなんよそれ! うちら囮ってことか!? ふざけんな! 普通はもっとはよ言うやろ!? うちらのどっちかが感染して寄生されて、ほんでコアごと殺せば解決とか思ってたん!?」
ナガトはなにも言わない。肯定も否定もしない。思わず、そのすました横っ面を平手で打っていた。
「っ――」
「こっちは! あんたらと違ってなんも知らんねん! いざとなったらあんたらに頼るしかないんよ! それやのに、あんたらがうちらに与える情報は曖昧やし、あげくこれか! そんな状態で、あんたやったら協力できるんか!?」
ひっぱたいた右手がじんじんと熱を持って痛んでいる。怒りだけで構成された頭も同じように熱を持っていて、なに一つ深く考えることなく言葉が飛び出ていく。思いつく限りの言葉で目の前の男をなじり、罵倒の語彙が尽きたところで体力も尽きた。いつの間にか立ち上がっていたらしい。再びベンチに腰を下ろし、深呼吸をした。
頭が痛い。「うち」なんて一人称が久しぶりに飛び出た。
「…………今まで、それを言わんかった理由は?」
「きみの言うように、囮に使おうと思ってた。その方が手っとり早いからね。親は保管してるし、コア単体の破壊はそう難しいことじゃない。だったらおびき寄せた方が被害は少なくて済む。そう判断した」
「うちらが危険な目に遭う可能性は?」
「考慮してたよ。でも寄生させるつもりなんてさらさらなかった。人体に寄生したコアだけを破壊するのは骨が折れる」
「今更話した理由は?」
「想像を絶するスピードで進化している。……このままじゃ、きみらを守りきれるか分からない。自覚しといてもらう必要があると判断した」
静かな質問は淡々と返された。最後の台詞だけが、僅かに言葉尻が揺れていた。
ずくずくと痛む頭を抱えて、奏は座ったまま膝に額を押しつける。髪で顔を隠せば、その苦い表情は誰からも見られることはない。ああ、もう。どうやってあの子に説明すればいいのだろう。きっと怯えさせてしまうのに。
ナガトはいつまで経っても謝ろうとしなかった。だからこそ、それ以上怒れなかった。
「……あんたら、ほんまずるいわ」
「アカギの方は最初っから相当気に病んでたから、あんま責めないでやって」
「共犯は共犯やろ。一発殴る」
「なかなか痛かったよ」頬を押さえて苦笑するナガトの足を、奏は軽く踏みつけた。
なんとなく。本当になんとなくだが、こういった危険性があることは予想していた。父が感染したのだから自分達にもなにかあるのかもしれないと考えるのは、ごく自然な流れだ。