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 妙に穏やかな声が気に食わなかった。心配だと、不安だと言えばいい。現状に納得していないと喚けばいい。そんなことができる立場でも年でもないことは十分に理解していたが、やるせなさだけが募っていく。
 なにを言うべきか、すぐに言葉が浮かんでこない。結局出てきたのは、自分でも馬鹿らしいと思うものだった。

「スズヤ。あの馬鹿二人を連れ帰ったら、メシ奢れ」
『――ぷっ、あはは! いいよ、りょーかい。好きなだけ食べなよ。デザートも付けてあげる。マミヤちゃんとチトセちゃんも誘って、さ』
「ッ、あの二人は関係ない! 切るぞ!!」
『はいはーい。……なあ、死ぬなよ、ハルナ』

 ぶつん。真っ黒になった端末のモニターには、なんとも表現しがたい表情の自分が写っていた。
 勢いに任せて通話を切断する直前に聞こえてきた声は、スズヤにはとてもじゃないが似合わないような、痛切な祈りのようなものだった。「祈り」だなんて、ますます彼に似合わない。
 呼ばれた。通信機のスイッチを入れ直し、ハルナは踵を返した。レベルD感染者に関する上の判断はまだ下りてこない。臨時施設を設けて一時収容しているが、それもすぐに追いつかなくなるだろう。
 新たな感染者発生の知らせを聞き、ゴーグルと銃器を手にして艦を出た。踏みしめた丈の短い草の一部は、白く変色していた。風が吹く。ぱりっと乾燥している風だ。赤茶けた砂を乗せた風がゴーグルを叩く。電子音を響かせる通信機が、感染者の存在を知らせてくる。
 ハルナは一つ深呼吸をして、銃を構えた。照準を合わせる。涎を垂らしながら凄まじい速さで走り寄ってくる、人とは思えぬその姿に向かって、躊躇なく引き金を引いた。

「……誰が死ぬか」


* * *



 まるで現実味がなかった。
 父はすっかり元気になって帰ってきたし、見知った誰かが感染者になることもなかった。しかし国内の情勢は悪化の一途を辿っている。「植物が急に白くなる病気」が全国的に流行り、まず野菜の値段が高騰した。各地で奇妙な結晶が頻繁に発見され、北海道の山奥では人間の形をした結晶が見つかった。こうなると、あとはもう出るわ出るわの異常事態だ。ほぼ毎日のように、ニュースでは感染者が引き起こしたのであろう事件の報道がなされている。国が変わっていく様をまざまざと見せつけられているというのに、それでもどこか映画かなにかのように感じた。

 少しひんやりした風に髪を撫でられ、足下で落ち葉が転がっていく音をぼんやりとしながら聞いていた。夏が終われば短い秋がやってくる。もうすぐで紅葉の季節だ。木々も色を変えるのだから、自分も髪色でも変えようか。今は明るい茶色だが、もう少し暗めの色にしてもいい。今のボブも気に入っているが、そろそろ伸ばすのもいいかもしれない。そんなことを考えていると、缶コーヒーを買ってきたナガトが戻ってきた。
 近所の公園のベンチに腰掛け、遊具で遊ぶ子供達を遠目に見ながら言葉を交わす。こうして昼間に外で会うのは久しぶりだった。

「結構な騒ぎになってきたみたいだね」
「そうやなあ。ニュースでも白の植物が毎日出てるわ。あれ全部に感染力があるん?」
「いや、そういうわけじゃないよ。ただ色が変わっただけのもいる。――まあ、大量摂取すればちょっとは影響あるだろうけど」

 あまり食べない方がいいらしい。できれば近づくなとナガトは言った。
 遠くで子供が転んだ。わんわん泣き叫ぶ女の子に、少し年上らしい男の子が手を差し伸べている。ああいうんが初恋になったりするんよな。自分にもある甘酸っぱい思い出に、どこかむず痒くなった。



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