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「……あの、そろそろ、部屋に戻ります、から」
「どーぞ」
「……あの、その。集中したいんで、一人が、いい、です」

 嘆息と同時に降ってくる視線に、泣きたくなる。
 何度同じことを言わせるんだ、この男は。四六時中交代で張り付いてくる二人の軍人のうち、このアカギという男の方がより苦手だった。がたいのいい男は、そこにただ立っているだけで威圧感を与える。それなのにアカギときたら、ぴたりと背中についてくるのだから嫌になる。ナガトの方がまだマシだ。涼しげな顔立ちにはいつも微笑が浮かんでいるし、苦痛にならない程度に振られる話題の選び方も上手い。それになにより、彼は部屋の前に来たら笑顔で立ち去ってくれる。
 毎度のことながら、今日もアカギは部屋に入ってドアを閉めるまで、一時たりともハインケルから目を離そうとしなかった。日頃自分が観察する側の立場にいるだけに、観察される側というのは非常に落ち着かない。
 監視の目から解放されるのは、与えられた個室くらいなものだ。ぼふり。ベッドに身体を受け止められ、ようやっと肩の力が抜けた。

「ああ、そうだね、スツーカ。お風呂に入らなきゃ。それからサンプルの様子も見なくっちゃ。……え? 嫌だよ、今日もこっちで寝る」

 ナガトやアカギからは彼らの乗ってきた艦で寝起きするよう言われているが、こちらの艦でもそれは許可されていた。

「だってスツーカ、あそこは狭いじゃないか。それに息が詰まる。ろくな設備もないんだよ。ぼくは人間なのに、物みたいにぎゅうぎゅう詰め込まれてさ。二段ベッドでもきついところに、なにを思ったのか三段ベッドが設置されているんだよ? スツーカ、そんなところで眠れると思うかい?」

 堅いベッドでは休んだ気がしないし、起き上がろうとするたびに頭をぶつけてしまう。わざわざ自分から環境の悪い方へ移動する必要性がこれっぽっちも見いだせない。とはいえ、この艦も環境がいいとは言えないが。
 心配そうに鳴くスツーカを置いて、部屋に取り付けられた小さなシャワールームで汗を流し、ハインケルはサンプルを装置にかけた。まずは顕微鏡で観察し、遺伝子解析を行うのが常道だ。
 葉緑体の美しさに、思わずため息が漏れた。あのおぞましい白の植物には絶対に見られない、神秘の色素体だ。

「細胞の中に潜んでいて、多量のクロロフィルと少量のカロチノイドを含んでいる。グラナとストロマから成っていることが一般的で、光合成を行うのが前者、二酸化炭素固定を主として行うのが後者だ。グラナは白の植物にもあるから分かるよね。でも葉緑体となると……ねえ、スツーカ、聞いてる?」

 専門用語の羅列に、スツーカは分からないとでも言いたげに小さく鳴いた。

「うわぁ……、見なよスツーカ。クロロプラスト……、向こうで見たどれよりも鮮やかだ!」

 それぞれが固有のDNAを持っており、細胞質遺伝することは今までの研究ですでに明らかになっている。白の植物は葉緑体を欠いた代わりに、より多くの栄養源の摂取方法を身につけた。葉緑体を用いない光合成は言うまでもなく、他の生物からの養分の摂取能力も特化している。

「食虫植物をいくつか取り寄せてみる必要がありそうだね。ラフレシアだっけ。あれがすごく気になるんだ。手に入ればいいんだけど……どうかなあ」

 ラフレシアはこのプレートにおいて、花が世界最大ということで知られている植物だ。寄生植物らしく、寄生根で養分を吸収する。そしてなにより、ラフレシアは葉緑体を持たない。
 このプレートにおける寄生植物を調べていくことは、白の植物が持つ寄生の謎を解明することにも繋がる。すべての造りが違うわけではなく、どちらももとは同じ植物だ。ただ進化の過程が異なっただけと考えれば、そう難しい問題ではないように思える。実際がどうかは別として、の話だが。

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