1 [ 22/184 ]

まるで欠片は火のごとく *6


hi


 甘い香りが身体を満たしていく。この高揚感は、研究が成功したときのそれに似ていた。
 くたくたの白衣を地面に引きずりながら、ハインケルは服が汚れるものも構わずに土に膝をついていた。手を泥だらけにして、まるで自らを多い隠すような緑の中でうっとりと目を細める。
 見上げた空は、緑色の葉によって虫食いのようになっている。木漏れ日が地面を照らす。その地面には、茶色や緑といった植物がそっと息づいている。向こうで跳ねたのはリスだろうか。かさかさと音を立てて這い回るムカデは苦手だが、苦手意識よりも感動が勝った。
 瓶詰めにした植物はすべて一つの鞄に纏め、相棒のスツーカが見守っている。あとで臨時研究室に持ち帰り、一つずつ丁寧に解析していかねばならない。
 自分がどれだけ興奮しているのか、なんとなく自覚していた。頭の片隅にある冷静な部分が自制を訴えかけてくる。身体が熱い。心拍の上昇、末端部からの発汗。瞳孔も開いているだろうか。とにかく、興奮しているのだ。
 くるぅ。愛らしく鳴いたスツーカに呼ばれ、あっちへふらふらこっちへふらふらと山の中を歩き回っていたハインケルは、ようやっと臨時研究室へと戻った。
 入り口でコードを入力すると扉が開いた。それを追いかけるようにコードの入力を知らせるキーの操作音が聞こえ、今までの高揚感が一気に萎んでいく。それまで軽かったサンプルケースが、急激に重みを増した。

「どうしたんですか」

 一応敬語だが、そこに敬意の欠片もない。ならいっそ丁寧な言葉なんて使わないでくれと、面と向かって言ってやりたい。
 ハインケルの後ろで同じように全身洗浄を行ったアカギは、取って付けたように「持ちましょうか」と言ってサンプルケースを指さしてきた。

「け、結構、です」
「ああ、そうっすか」

 会話など続くはずもない。胃が痛い。自分よりも遥かに背の高い男に背後に立たれる恐怖といったら、感染者と直に対峙するのと同じくらいのものだ。
 臨時研究室にはようやく慣れてきた頃だった。案内されてしばらくは、洗浄所から個人研究室までの道のりが分からず迷子になって、何度も研究員達の世話になった。きっと彼らはそんなハインケルを見て嘲笑していたに違いない。そうとしか考えられない。だって彼らは、ビリジアンの人間だ。自国の人間でも怖いのに、他国の人間など信用できるはずもない。

 ビリジアン――。呟いて、ハインケルはさらに泣きたくなった。
 この臨時研究室は、ビリジアン政府直轄の科学捜査研究室のものだ。つまりは、ミーティアが乗ってきた巨大なヴァル・シュラクト艦そのものが、研究室となっていた。艦の中に必要最低限の飛行装置だけを残し、あとはまるごと研究室が割り当てられている。移動式の臨時研究室を用意しているなど、さすがは金持ち国としか言いようがない。
 とはいえ、テールベルトが研究を行える空渡艦を有していないかといえば、そうではない。そうではないが、なぜか自分はそれに乗ることが許されていないのだ。おかげで他プレートのサンプル採集は他の者に任せっきりになってしまい、思うようなサンプルを得ることができなかった。
 そのことを思えば自由にサンプルを採集できる今は快適なのかもしれないが――、いかんせん、居心地が悪い。



[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -