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 艦内に割れんばかりの怒声が響き、二人は反射的に首を竦めた。スピーカーはびりびりと震え、悲鳴を上げている。
 向こう側ではスズヤがどうにかして艦長を宥めているらしく、しばらく無音が続いた。
 この無音が余計に怖い。
 ちらと盗み見たナガトの表情は硬く、アカギと同じように緊張していることが読み取れた。
 それもそうだ。自分達は、下手をすればクビですまないことをしでかしたのだから。

『こちらスズヤ。ナガト三尉、アカギ三尉聞こえる?』
「こちらナガト。聞こえます」
「こちらアカギ。同じく聞こえます」
『うん、ならよかった。艦長が落ち着くまで、おれが代わりに説明するけど、異論はない?』

 はいとしか言えない質問に、逆らうことなく返事をした。

『今君達が置かれている状況、それがとってもよろしくないことくらいは、空っぽの頭でも理解してるかな?』
「……はい」

 ナガトは子供のように唇を尖らせ、納得できていないとありありと語っている。が、映像が向こうまで送られることはないので、その様子はスズヤには伝わっていないはずだ。
 スズヤは幼い子供に聞かせるように、自分達が無茶をしでかしたあとの本部の様子を語った。
 本来ならば後々乗組員全員でこのプレートに渡るはずだったというのに、艦にはたった二人の幹部候補生しか乗っていない。空渡時の通過コードはヒュウガ隊のもので通しているため、現場を知らない上の連中は全員が渡ったと思い込み、指令まで与えた。
 そういうことならそのままで――というわけにもいかず、艦長が自ら走り回って各所に頭を下げまくり、なんとかしてナガトとアカギの免職だけは免れるように計らった。当然だ。本来であれば別の隊が空渡を控えていたというのに、ナガト達は勝手に転移してきたのだから。現場で見ていた空渡観察官達が、それを知らないわけがない。
 大騒ぎだったよと軽くスズヤは言うが、それは想像を絶する「大騒ぎ」だったに違いない。
 ヴェルデ基地の基地司令がどんな笑みで艦長と対峙したのか、想像しただけでも寒気がした。

『訓練中にあんな緊急事態が起きたことは、まあ不慮の事故だって言えるからね。あればっかりはどうしようもない。本来なら待機中のうちの艦が動いたのも、熱心な候補生が勉強のために内部通信のデータを確認、緊急時と判断して発進させたってことで話をつけたし。練習艦の方でよかったね。――とはいえ、よくもまあ二人で飛び出す気になったね』
「あー……、ははは」
『でも目の前で仲間がやられたからって、すぐにかっとなってちゃ、兵器とはほど遠いよ。まあそれが、君達のいいところなのかもしれないけど?』

 兵器。
 生きた道具。
 目の前で白の植物に侵され、死んでいった仲間達がそうだというのか。
 思わず怒鳴り散らそうと口を開いたアカギよりも先に、ナガトが冷え冷えとした顔に怒りを滲ませて吐き捨てていた。

「俺らは兵器なんかになるつもりはありません。……軍人として、あるまじき行動に出たことは自覚しています。しかし、人として、間違ったことはしていません」
『……青いねー。それでいろんなところに迷惑かけまくって? 仲間を救うために、たった二人で英雄ごっこ? プレート渡って核(コア)を見つけて、仲間を殺した悪魔を駆逐しようって? 素晴らしいじゃないか。拍手!』

 嘲笑と怒気の滲んだ笑い声と拍手が、ぐっと胸に突き刺さる。間違ったことはしていない。けれど、正しいこともしていないのは事実なのだ。
 なにも言えずに押し黙る。しばらくすると、落ち着きを取り戻した低い声が聞こえてきた。

『ガキ共。行っちまったからには仕事しろ。いいか、表向きは俺達の隊全員が動いてることになってる。なんかしくじってみやがれ、俺の顔潰すことになる』
「艦長……」

 今回のことで、もう十分すぎるほど、その顔に泥は塗ったはずだ。それなのにまだ、好きに動いていいと言うのか。
 強制的に帰還させる方法だって取れたはずだ。いや、むしろそれが最良の選択のように思える。進言すると「お前らが言うな」と一喝され、二人はまたしても身体を小さくさせた。

『続々と各隊がそのプレートに向かってら。俺たちゃ謹慎だし、通信だって規制されてる。……てなわけで、強力な助っ人を用意した』
「助っ人?」
「誰っすか、それ」

 スピーカーの向こうで、にやりと笑ったような気配がした。

『ハインケル博士だ』
「「はっ、ハインケル博士ぇ!?」」

 ぎょっとして思わずマイクに詰め寄った。
 思い切りヴィィインという不愉快な音が鼓膜をつんざいたが、そんなことなどどうでもいい。今この耳に届いた名は、きっと聞き間違いに違いない。手のひらに汗を滲ませるアカギに、艦長はどこか楽しそうに告げた。

『もうすでに個人用空潜艦でそっちに渡ったぞ。よかったなあ、お前ら。なにしろあの偉大なるハインケル博士がサポートしてくれるんだぞ!』
「ちょっ、待ってください艦長! ハインケルって、あのハインケルですか!?」
『おーう、あのハインケル博士だ』
「あんまりですよ艦長! 俺らを殺す気ですか!?」
『馬鹿言うなー。あんっな博士、他に類を見ねぇだろー。――いいか、これも上が出した妥協案だ。せいぜい頑張りやがれ!!』

 一喝と同時に通信が切断される。
 辺りを支配した沈黙に、アカギは頭を抱えてうずくまった。

「マジかよ……」
「詰んだ。これ詰んだよ、どうすんのさアカギ。上層部の連中、体(てい)のいい厄介払いができて、今頃舞い上がってるだろうね。なんたってあのハインケル博士なんだから」

 進化研究の第一人者であり、武器や新薬の開発において多大なる功績を挙げている、若き天才学者。
 祖父母、両親共に白の植物を研究する学者で、その社会貢献度はテールベルト、カクタス、ビリジアン三国の中で最も高いと言われている家系だ。
 プレートを渡るヴァル・シュラクト艦も、ハインケルの母親が発明したものだ。そして白の植物を燃やし、駆逐することができる有用な武器を開発したのが、彼の祖父と言われている。
 そしてハインケル自身も、さらなる研究を重ね、軍部だけでなく国家上層部にまで重用される実績を持っている。
 ――のだが、彼は実のところ、蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われていた。

「ハインケルって……、よりにもよってハインケルって……。マジねーわ、俺達死んだ」
「どーせあの人、着地点探査なんてできないでしょ。さっさと回収しないとまずいんじゃないのコレ」
「回収ったって、ナガト、お前アレのコード知ってんのかよ」
「知るかよ俺が。今から検索かけ――ああ、その必要はないみたい。ご丁寧に送ってきて下さいましたよ、本部から。伝言付きで」

 苦々しくキーをいじったナガトの手元を覗き込む。
 小さな画面には、数行にも渡る数字の羅列と、たった一言の伝言が表示されていた。

「……ほんっと、大暴走決めた俺らにはうってつけの処罰だよ」
「……だな」

 最重要任務。


 ――絶対に、逃がすな。



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